自分新聞2013
昨年facebookに投稿したものを寄りすぐった「自分新聞」。
自分のものを出してみました。
年間を通してのMVP写真は、収穫時期の勝沼のぶどう畑でした。

ほかに、毎月一番反響があったものが紹介されています。
こう見返すと、(1年こうやって過ごしたんだな〜)と思います。

自分としては、一番インパクトが強かったのは、2月の吊り橋の写真ですね。
ひとりきりで渡ったんです。
ユラユラ、ギシギシ、こわかった・・・
こわすぎて現実感を忘れちゃったくらいです。
彼岸に渡った気分を味わいました。よかった戻ってこれて・・・

遠方近郊の旅の写真あり、食べ物の写真あり。
まあ、私らしい感じでしょうか。
ところで自分新聞って、名前の語呂がいいですね。じぶん・しんぶん。

語呂といえば、ちょっと話がそれますが(いつもの迷走パターン)、前に友人(由美と真実と南)を家に呼んだ時のこと。
私が、テーブルにコーヒーを運びながら、ユミに尋ねました。

私「コーヒーにミルク、入れる?」
ユ「あ、私はブラックで」
私「マミは?ミナミは?」

そう言って、プッと笑ってしまいました。
「まみはみなみは」というフレーズ、なにも考えなければ普通に喋れるのに、変に意識すると、とたんに舌が回らなくなるものです。

それまで、「由美と真実は名前が似てるねー」と言っていましたが、実は南も似ている名前だと判明。
たしかに呼ぶ時、ときどき間違えて噛みます。パフィ以上にまぎらわしいわ!

私は海外に行くと、スペインによくいるリタさんと聞き間違われます。
あとは、リカールという苗字と。お嫁に行ったらリカ・リカール・・・

さて、話を広げたせいで、まとめ方がわからなくなってしまいました。
先が思いやられる年始めです。

・・・しからば、御免!(最悪のパターン、投げっぱなしジャーマン。)
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真夜中ポスティング、終着駅最後の日

ときどき、年度末にあらたな「すべきこと」が加わります。
それは確定申告。
つい先延ばしにしてしまうと、3月はどんどん忙しさを増してきて、ますます手をつけられなくなってしまいます。

そして土壇場で「あ”〜」と言いながら、締め切り前夜に作成するというパターン。
15日の夕方まで大丈夫ですが、この時期にはとても有給は取れないため、このタイミングがラストチャンスです。

確定申告というと、みんな「うへ〜」という感じで大変そうですが、私の場合は源泉徴収票をまとめて集計するだけなので、簡単といえば簡単。
なのにギリギリまでやれないんですね。
自分のことはあとまわし?(そういえば聞こえはいいけど、単なるめんどくさがり…)

仕上げた書類を封筒に入れ、税務署へと出かけます。
今年もまた、夜更けになってしまいました。
夜には冬の寒さが戻るため、コートを着てしっかり防寒しています。

税務署の前には、時間外受付ポストがあります。
この存在を知ってからは、いつも夜のポスティング。
日中のように列を作る必要がないので、気楽です。

3月14日夜に税務署前に忍びよる黒い影・・・それは私。
そう思っていましたが、今回、私の前に先客を発見。
サーッと車で来て、ポストにより、サーッと車で帰って行きました。
友(というよりルイトモ)を見つけて嬉しくなりました!
あなたも、ギリギリ駆け込み組ね(笑)!


無事に投函を済ませ、気持ちが軽くなって帰宅したところ、通訳案内士の方に「納税ではなく、還付なら、15日までに出さなくとも大丈夫♬」と教えてもらいました。
えーっ!知らなかったー!
ここまで慌てる必要は全然なかったんですね。

でも、みんなが「そろそろ確定申告が〜」と言っているうちに提出しないと、私のことだからきっと忘れて、結局税金は返ってこなくなりそう。
やっぱり自分も15日締め切りと考える方が、問題なく提出できそう。
というわけで、また真夜中にポスティングすることになりそうです。

さて、一夜明けての今朝の東横線。
渋谷駅はものすごい人混みでした。
通勤ラッシュに加えて、撮影ラッシュで、もうたいへん。
もはや鉄っちゃんだけでなく、一般の人たちも大挙して、ホームは押すな押すなの大混雑。
今日を限りに、役目を終える駅舎ですからね。

まだ実感のないまま、改札口へと向かうと、こんな表示を発見しました。


「85年間の想い出をありがとう。東急電鉄 東横線渋谷駅一同」

さすがにぐっときました。
だって、物ごころついた時から近くにあった東横線。
私にとって、一番身近な東京は、東横線が連れていってくれる渋谷駅だったんです。
五島プラネタリウムが閉館した時も悲しかったけれど、ここもなくなってしまうとなると、淋しくなるわ。
85年間もの間、東横線の発着を受けとめてくれた、渋谷駅ターミナル。
どうもありがとう。


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マイうんていがもらえます
小さい時から、高いところが好きな私。
友人との会話の中で「小学生の頃、うんていの上を歩けたよ!2本飛ばしとかもできたよ♪」と自慢しながら(そういえば、今でも学校にはうんていってあるのかしら?)とふと気になりました。
そもそも、うんていってどんな意味?

ちゃんと漢字がありました。「雲梯」って書くんですね。
なんだか、天まで届くエンジェルラダーのようです。
むしろ登り棒の方が、雲梯と呼ぶにふさわしいように思います。

海外でMonkey barsというこの遊具。
ネット検索していたら、なんとこんな企画を見つけました。
「本物のうんていプレゼントキャンペーン 」


はいー?どういうことですか?
iPhone用ゲームアプリ「うんてい」のリリース記念だそうです。
って、なぜ本物のうんていをプレゼントするのかの説明になってなーい!

応募者の中から抽選で1人に“本物のうんてい”が当たるそうです。
当選者は、10万円以下の各種うんていから好きなタイプを選べるとのこと。
各種取り揃えているんですね。気になるじゃないですか!
マイうんてい、ほしーい!

ただ、残念なことに、私はiPhoneユーザではありません。
どなたか、心あるユーザー様、めでたくゲットした暁には、わたくしめに賞品をご進呈いただきたく候…。
って、普通の人がうんていをもらったら、いったいどうするんでしょうね?
ベランダに、置けるかな?(危ないよ!)
結局物干し竿代わりになりそうな気が、すごーくします…。

意表を突いたキャンペーンに、ワクワクしちゃいました。
15日までですので、気になる方はお早めに!

ちなみに、世界で一番長いうんていは、日本にあるそうです。
高知にある、全長102mのもの。
「世界最長のモンキーバー」としてギネスブックに認定されているそうです。
ちなみに長野には100mのうんていがあるそうです。
日本は知る人ぞ知る、うんてい王国だったんですね!

久しぶりに、うんていの上を歩きたいわー。
小学生の頃よりはさすがに身長も伸びているから、怖さも倍増かも。
公園で見ることはめったにないですが、ふらりと校庭に入ったら、学校の人たちがビックリして(不審者あらわる!)と飛び出してきちゃいますね。

ピアノを弾いていたため、腕力が平均以下の私(指力は平均以上なんですが)は、うんていの本来の使い方、ぶらさがるのは、とっても苦手。
途中で力尽きて、ボトリと落下してしまいます。
落ちないためには、やっぱり歩くのが一番。
そう、私にとって、うんていは上に上るものなんです。

ただ最近では、危険だということで、上に乗ることを禁止している学校が多いんだとか。
せちがらい世の中だわー(!?)
そんなしばりがない時に、存分に遊具の上を歩くことができて、よかったです!
どなたか「マイうんてい持ってるよ」という方がいらしたら、今度遊びに行くので教えて下さーい!
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じょっぱり魂よ!
日記にも時々書いていますが、私は子供の頃、転勤族でした。
詳しく書くと、父の仕事が港湾関係で、横浜港から太平洋岸の関東・東北地方一帯が管区だったため、転勤はその管区内で行われていました。
なので、日本海側や、関西の方には住んだことがありません。
一度、管区外の静岡で暮らしたことはありましたが。

神奈川以外で自分が住んだことがあるのは、上記静岡のほかには宮城と茨城ですが、親の会話には、しょっちゅう管轄域の港の名前が登場し、耳馴染みのある漁港がたくさんありました。
小さい頃、耳で聞いて(おながわとおなはまって、似てるなあ)と思っていましたが、漢字にすると女川と小名浜なので、特に間違えることはないんですね。
今回の東北関東大地震は、見事に父の職場の管轄地域に大被害をもたらしました。

流れ者のように引っ越しを重ねた私には、故郷と呼べる場所がありません。
今まで住んだ場所すべてが故郷だと思っています。
だから、以前暮らした懐かしい場所が、壊滅的な被害を受けたと知って、目の前が真っ暗になりました。

また、兄弟がいない転校生の寂しさを埋めてくれたのは、それぞれの町に住む友人たちでした。
多感な年頃に引っ越しを重ねても、グレることもなくやってこれたのは、彼らに巡り合ったおかげだと思っています。

その友人たちの安否がわからない間は、身体の片側を失ったような不安感に襲われていました。
考え過ぎて黒い考えでいっぱいになって、気持ちが病んでしまった私を、周りの友人たちが気遣ってくれました。
今回の不幸は、プライベートな話ではなく、日本全体、もしくは世界全体の衝撃で、誰もが心を痛めているのに、心配をかけてしまったことをとても申し訳ないと思いながらも、どうにも浮上できず、人に会ったら迷惑がかかるだけだと閉じこもって、ただ鬱々としていました。

毎日泣きすぎで、頭が痛いし、泣き疲れて瞼が重く、いつも目がしょぼしょぼしています。
街中でも歩いていても、簡単に泣けるようになってしまいました。
本当に壊れていると思います。
カウンセラーの資格を持っているのに、人を癒すどころか、いのちの電話にすがりたくなりそうな自分の心の弱さ、非力さを、つくづく感じました。

そんな私をまずいと思ったのか、連休中に親から「放射能を浴びるかもしれないけど、とにかく家に来なさい」と呼ばれました。
ぼーっとしながらふらふら家に辿り着くと、親はいつもと変わらずにいて、救われた思いがしました。
TVの災害報道番組からふと目をやると、母親が新聞を大きく切り抜いて、父に渡していました。
それは、地震による死亡者リストでした。

仕事の内容上、父の職場の各地の事務所は、どこも港のそばにあります。
連絡が付かないところも多く、中には事務所自体が流されてしまったところもあるそうです。
父は、職員とOBの連絡先のデータベース管理をしており、異動や結婚、死亡などの連絡が入ると、随時内容変更をしているとのこと。
ただし今回は、相手側から連絡が来ようがありません。
職場に安否の問い合わせも来るそうなので、とりあえず今は、毎日の新聞リストをくまなく眺めて、職員とおぼしき名前を見つけたら、本人確認を行うという手作業チェックを行っているそうです。

それでも、家を失ってしまった人とは連絡が取れませんし、まだ電話もつながっていない地域も多いため、なかなか確認作業は難航しているとのこと。
何より、ご家族(ご遺族)の方に安否確認をとるというのは、相当つらい仕事です。
「海難訓練はいつも念入りに行っているが、亡くなった人は、もう10名ほどいるな」と父はぽつりと話しました。
昔お世話になった父の先輩も、その中にいるそうです。

見知った名前が見つからないように、と毎日祈るような気持ちで死亡記事に目を通す父母。
それに反してどんどん増えて行くリストの数。
たまらないですね。
両親ともかなりの心理ストレスとやるせなさを抱えながら、この作業を行っていることでしょうが、傍からはそうとはわからないほど黙々と、淡々としていました。

父も母も、強いなあと思いました。
やはりこういう時、二人ともぐっと耐える力を持つ北の人間だと思います。
津軽には「じょっぱり」という言葉がありますが、まさに二人とも、辛さと向き合う「じょっぱり魂」を持っていると思いました。
ただ涙を流してめそめそ落ち込んでいるだけの私とは、えらい違いです。
父母の姿にわが身を反省して、帰りました。

「よし、元気を出すぞ!」と気合を入れましたが、鹿島神宮の大鳥居が倒壊したと知って、またへこみました。
頑丈な石でできていて、幼稚園の時、見上げると天に届くほど高く大きくそびえ立っていたのに。
境内には、地震を起こすなまずを抑え込んでいる要石もあるのに。
鹿島神宮は、常に確かなものとして心の中にある、私にとって特別な神社なので、ショックは大きく、アイデンティティが揺らぎそうになりました。(画像は雑誌より)

まだ暗さから抜け出せずにいるため、友人シナノちゃんからの会うお誘いを「かくかくしかじかで、辛気臭い顔を見せてしまうだけだから」とお断りしたら、
「参ってるよゆうは」というタイトルのメールが届きました。
(参ってるよ、YOUは、かな)と思って開いた本文には
「ないのよね、おやすみ」と書いていました。

彼女の言う通りです。確かにこの大災害時に、参っている余裕なんてありません。
鳥居はいつか、再建されることでしょう。
辛さをこらえて前を向いている人だって、周りにたくさんいます。
人間力が試される時だなあと、思います。
頑張って、DNAのどこかにある親譲りの「じょっぱり魂」を出さないと。
でも津軽っ子じゃないから、受け継いでないのかも〜。
いずれにせよ、早く涙を出し切って、強くなって、守れる側にまわりたい、と思っています。
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1年前の自分からの葉書
おととしの12月、海ほたるで葉書を投函しました。
海ほたるには、郵便物を1年後に届けてくれるタイムカプセルポストがあるんです。
突然1年前のメッセージが送られてきたら、誰でもビックリしそうですし、どんな感じか試してみるために、1年先の自分に向けて送ってみました。
→その時の日記『初めての海ほたる』

1年後が近づくにつれて、ワクワクしてきました。
と同時に、(本当に届くのかな? 1年の間にどこかで紛失していないかな?)と不安もあります。
投函した日を勘違いしていたようで、「まだハガキが届かないの」とYUさんに訴えたら、「まだ1年になってないからね」と言われたりしました。

クリスマスが近づいたある日、ポストを開けると、葉書が入っていました。
たしかに、1年前に私が送ったものでした。
うわあ、本当に1年後に届いたあ。感動です。


ちなみに、葉書の上にあるのは、アフリカの人から職場で頂いたタイ。
ハデ過ぎて誰もつけられないため、観葉植物のポットに巻いています。

無事に届いた葉書ですが、なんだか恥ずかしくて、自分が書いた文面をろくに読めません。
チラッと目を走らせてみると、私らしく(笑)ビッシリと細かい字でメッセージが綴られていますが、そんなにビックリするようなことは、書かれていませんでした。
まあ、1年前のことだから、それほど自分自身も周りの状況も変わっていませんし。
まちがいなく自分でありながら、今の自分ではない気持ちが書かれているというのは、不思議な感覚です。

これって、いいサービスだなあと思います。
普通の郵便代だけで、サービス料金は、一切かからないのも魅力的。
上手な使い方は、いろいろありそう。
どんなものかわかったことだし、今度はもっとたくさんの人に1年後の手紙を送ってみたいものですが、投函するために海ほたるまで行くのがちょっと大変です。
人をアクアラインに向けさせるための、観光ポストなんでしょうけれど。

郵便局でも、「○年後」などの郵便の取り扱いを始めたら、結構ニーズが高まるような気もするんですけれどね。
タイムカプセル代わりに使うとか、余命わずかな親が子供の成人式祝いに使うとか、遺書代わりに使うとか。

と思ったら、もうそういったサービスを行っているところがありました。
未来郵便というそうです。
預かった手紙は特殊フィルム袋の中で低酸素・脱水状態にて密封し、冷暗所で保管するとのこと。
最長で20年後のお届けオーダーまで受けるなんて、すごいですね。
いつか利用してみたいものです。

まずは、海ほたるドライブをした時に、このタイムカプセルポストを探してみてはいかがでしょう。
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昨日の話はラーメン違い
昨日の思い出話について、母に聞いてみたところ、さっそく返事が届きました。
自分の記憶が結構曖昧だったことに気付かされました。
以下、母からのメールを掲載します。

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龍泉洞?
随分古い話です。行ったのは貴女が小学生だった時、三年生ぐらいだったかしら?
あの食堂に入ったのは、お昼ごはんです。
夕食は、龍泉洞のホテルに泊まり、そこの夕食を頂いたので・・・
確か、お昼になってみんながお腹が空いたねと言いだして、田老町(たろうちょう)で、食堂を探しても、寂れた町で、驚くほど何も店も無く、やっと探した「ラーメン」と書かれた店に入ったのです。
そこで、みんなでラーメンを注文したのに、「インスタントラーメン」を準備し始めたので、食堂でインスタントラーメン?と驚いて、断って出て来たのでした。

泊まった龍泉洞温泉ホテルは、龍泉洞で一番のホテルだったので、そこのお食事は、夕食も、朝食もみんな満足でした。
観光地化されていないせいか、どこもかしこも「遅れている」と、感じられましたよね!
今では、第三セクターの三陸鉄道で、行けるようになったようで、快適な旅ができそうだから、機会があったらまた訪ねてみたら?
景勝地が多いので、乗り物さえ確保されていたら、とてもいい所だと思います。

その時には、驚いてもあとになってみると全てが思い出でいいものです。
他との違いがあり過ぎて忘れることはないでしょう? アレ!?(・_・;?
面白いわね  母 
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カップラーメンではなくインスタントラーメンでした!
あらー、私の記憶もあてにならないものですわ。
弁明すると、当時は今以上に、カップラーメンもインスタントラーメンも食べなかったため、どちらも馴染みがなくて、ごっちゃになっていたのでしょう。

田老町場所を地図検索したら、リアス式海岸沿いの町でした。
そういえば、その時三陸海岸遊覧船に乗って、みんなで舟に群がるウミネコにパンをやったんでした。

我が家では、母だけが古事記の口述者の稗田阿礼並みに記憶力がよいのですが、父と私はからきしダメで、右から左へ忘れていきます。
このままでは、母がもしいなくなったら、我が家に起こった出来事を思いだせる人がいなくなってしまうという恐れが。
今のうちに、一家の叙事詩でも作っておいてもらいたいものです。
大した事件も起こらず今まで来ているファミリーですが、時々今回のような記憶考証のゆがみがあるもので。

もはや、自分の記憶力を鍛える努力は放棄しています、ハハ。
今日の夕飯は、お魚にしようかなー。
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神社弔問・ミハマがずらり
学生時代に7年間、巫女をさせてもらっていた神社の神主さんの奥さまが、先月お亡くなりになったと知って、週末に、巫女仲間3人で弔問に行ってきました。

神社のある本牧までは、横浜からバスに乗って40分ほどかかります。
久しぶりに行くので、とても遠く感じました。
神社前で、タカコさん・アヤさんと待ち合わせ。
久しぶりの再会を喜んだのもつかの間、重い気持ちで神殿へと向かいました。

社務所に通して頂いて、奥様とお別れをし、神主さんからお話を伺いました。
50代前半でお亡くなりになるなんて、早すぎて誰もがショックを隠しきれません。
肺を悪くされ、お誕生日と同じ日に旅立たれたとのことです。

神主さんの口から、とめどなく思い出話が語られます。
2組の仲人さんの立ち合いでお見合いをした話、2度目の銀座デートの時に、奥様がハリウッド女優のように大きな帽子を被ってきて驚いた話、3度目のデートの時に流れを変えようと、Gパンにサンダルで行ったら、話を聞いた奥様のお母さんから驚きの電話が入った話など。

巫女当時、ちゃきちゃきした、美しくハイカラな奥様から、新婚旅行はエジプトだったと聞いて(神主さんが、エジプトー!?)と、ビックリ仰天した話をしたら、「それは家内のリクエストだったんですよ」と教えてくれました。
エジプトに編み上げブーツで向かう奥様に、神主さんは「動きが不自由になるのに」と言ったそうですが、実際には神主さんのショートブーツに砂漠の砂が入りまくって、何度も砂を出さなくてはいけなかったのに、奥様はその必要がなく、スタスタと砂漠を歩いていたそうです。本当にハリウッド女優のようですね。

遺影の奥様は、私のよく知っている、可愛らしくも凛とした美しい笑顔をされていました。
久しぶりにお会いする神主さんの口から、奥様の楽しい思い出話やつらい闘病生活の話を伺っているうちに、胸いっぱいで気持ちが飽和状態になってしまいました。
神主さんの悲しげな様子を見て、また胸が痛みます。
私たちの訪問をとても喜んで下さり、話に興が乗って「またひと花咲かせようと思ってるよ」と軽口を叩かれましたが、私たちを見送りがてら「家内とまた出会ったら、もう一度一緒になってもいいと思っています」とつぶやかれた時には、涙をどうこらえたらいいのか、わからなくなりました。

奥様とのお別れで、心にぽっかり穴があきました。
フィリップ・マーロウが「To say Good bye is to die a little.」(さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ:村上春樹訳)という言葉を残していますが、まさに私の中の一部が、奥様と共に喪われてしまった気がします。 

帰りの玄関には、私たち3人の靴が並んでいました。
3足ともそろってMIHAMAの黒パンプスで、黒地に金糸のエンブレムが6つ、ずらりと並んでいたのは、壮観でした。(画像は公式サイトから)
どれが自分の靴かすぐには見分けがつかず、3人ともためらいながら自分のデザインのものに手を伸ばしました。
いわば、この神社で青春を過ごしたような私たち。会うのは久しぶりだったけれど、やっぱり共通点は変わらないんだなあと、なごみました。

神社をお暇した後、3人でお茶をしました。
今は、mixiやtwitterで、会わない人でも近況がわかり、身近な気持ちになれますが、どちらにも入っていない彼女たちとは、用がないとメールも出さず、気がつけば疎遠になってしまいます。

かつては毎週末会って、お正月には泊まりで神社に詰めて、いろんなことを話し合って、お互いのことを家族並みに何でも知っている仲なので、久々に会えてとても嬉しいのですが、今回はご不幸がきっかけなので、素直に喜べないのが切ないところ。
でも、屈託なくお喋りできて、忘れていた昔の自分を取り戻した気分になりました。

もう奥様とお話しすることはできないけれど、まだ巫女さんたちとは、一緒に笑ったり泣いたりしながら歩いていくことができます。
私にとって大切な人達とは、なるべく、連絡を絶やさずにいきたいなと思いました。
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2つの母校とサークルつながり
先日、元住吉の話を日記に書いたのがきっかけで、同じ小学校出身のさくらこさんと知り合い、この週末にお会いしました。
お互い今は別の場所で暮らしているため、お店に詳しくなくて、モトスミ話を語るのに、場所は隣駅の日吉になりました(爆)!
小学校は元住吉と日吉の間にあったから、まあいっか、ってことで(笑)。
お店はメールロードの「al pino」。人気のイタリアンです。

さくらこさんとは、通学年は重なっていませんでしたが、話をしていくうちに、当時の家は、敷地が隣同士だったことがわかりました。
私も彼女も、官舎住まいの転勤族だったのです。

私は、6年になる時に転校していき、彼女は2年の時に転入してきたそうです。
6年間母校に在籍できなかった者同士で、盛り上がりました。
学校そばの幼稚園の出身者が多かったため、「あの幼稚園の話がしょっちゅう出たよねー」「そうそう、話に入っていけなかったねー」と、周りに分かってもらえなかった転校生の寂しさを、お互い語り合いました。

なおも話していくうちに、大学が一緒だということもわかり、びっくりしました。
2004・5年に開催された、「ヒヨシエイジ」という花火とシンセのイベントを、以前日記に書きましたが、彼女もその時観に行っていたそうです。

さらに聞くと、高校までブラスバンド、大学でオーケストラサークルだったというところもそっくり一緒でした。
楽器は別ですが、ここまで共通点が多いと、不思議な気持ちになってきます。

私の参加した読書会に興味しんしんの彼女。
本の話をすると、「食堂かたつむり」は読んだばかりとのことでした。
今、彼女は「白い犬とワルツを」を読んでいました。
半分くらいだったので、オチを知っている私は口をつぐみます。

たくさんの本を読んでいる彼女。しかも好きな作家・嫌いな作家・読んだ本などの読書傾向もかなり近くて、驚きながらも夢中になって話をしました。
ばななやハルキ、モリミーにマキメに伊坂幸太郎、乙一、恩田陸によしながふみ、安野モヨコに槇村さとるといったさまざまな作家や、本屋大賞の話など。
コミックにも詳しい彼女は、池野恋の「ときめきトゥナイト」は最後には宇宙人を相手に活躍するというビックリ設定を教えてくれました。いったいどこでどうなって!?

さくらこさんは、今年は「谷川俊太郎イヤー」として、彼に関連するイベントや勉強会に参加しているそうです。
実り多そうで、いいですね。来年は私もまねしようかな。誰イヤーがいいかなあ。

お互い、東京での展覧会のチケットを相手に渡そうと持ってきており、共通点の多さに目をみはりながら、交換しました。

小学校は川崎最小で、1学年2クラスだけでした。今も変わっていないようです。
なので、小学校と大学が一緒という人に会ったのは、初めてでした。
今では、その二つの母校が連携して「ケーキ☆サイエンス」という授業を開いているそうです。これもなんだか不思議な感じ〜。

お互いが住んでいた、記憶の中のモトスミの地図を描いてみましたが、今ではお店がかなり変わっていました。
寂しいものですが、でもこうやって、以前を知っている人と思い出話ができるのは、いいものです。さくらこさん、これからもよろしくね!

画像は、モトスミ・ブレーメン通り。
ブロックにCatやDog、Donkeyと名前が付いています。さすが音楽隊!

お別れしたあと、小学校の校歌を口ずさみながら、足取り軽く帰りました。
スミレ色の学校帽が懐かしくて、久しぶりにかぶってみたくなりました。
さすがに今では、帽子のゴムが、あごに食い込んじゃいそうですけどね!ぐえ〜。
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源氏物語は日本最古の(  )物語である
(* すみません、アップしたあとにタイトル間違いに気付いて、
  「日本最古の」を「平安時代の」に直しました)
(* が、やはり元のままだったような気もして、また最初の通りに直してしまいました。
  記憶があいまいで済みません...)

先日、ほぼ日の『金のいいまつがい』を読んで、笑いが止まらなくなりました。
単純に笑えて、平和な気持ちになれる、万人にお勧めの本です。
私が気に入ったのは、

・デーモン小暮→デルモンテ小暮

・反面教師→反対先生

・『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』
        →『ハリー・ポッターと十二指腸の氣志團』
・『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』
        →『ハリー・ポッターと長じゅばんの囚人』
・矢沢永吉の『成り上がり』→『病み上がり』

・シルバニアファミリー→死ぬ間際ファミリー  ・・・でした。

そのほかに、“小学校でのテストで「日本は(南北)に長い島国である」を
「日本は(やけ)に長い島国である」と書いて×をもらった”とありました。

これをみて、ハッと思いだしたことがあります。
中1の時、社会のテストで

「源氏物語は、日本最古の(  )物語である」という穴埋め問題が出ました。

これを見て、私は、大いに照れながら、

「源氏物語は、日本最古の(恋愛)物語である」

と書いて出しました。
そうしたら、×だったんです。
正解は
「源氏物語は、日本最古の(長編)物語である」でした。

ほかは全部○だったのに、ここを間違えたので98点。
好きな試験範囲だったのに、満点ならずー!
「恋愛」なんて言葉を口にしたこともない、ナイーブな思春期だったので、男の先生がもの言いたげな顔で答案をよこした時には、まともに目を合わせられなかったし、帰宅して親に答案を見せるのが、とことん恥ずかしくてたまりませんでした。

ここは、「恋愛」でも正解にならないんでしょうか?
教科書には確かに「長編物語」って書かれていましたが、実際恋愛物語なんだしー。
教育にもっと融通性を!

これはふに落ちない思い出として、いつまでも覚えていそうです。
さらに『言いまつがい』投稿用のゆるさがないのが、残念でなりません(笑)!

加えて私、「ココス」と「ココいち」の区別が付いていません。
あっ、それは言いまつがいじゃない・・・?
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お姫様だっこ
今日の話は、ちょっと微妙かもしれません。変だったらごめんなさい。
先日、セルリアンタワーホテルにルナちゃんと泊った時のことです。
お姫様だっこの話になりました。
お姫様だっこって、わかりますよね?横抱きのことです。

ガールズトークをここで公表するには、ちょっと温度差が気になりますが、私は「恋人ってお姫様だっこをするもの」と、ずっと思っていました。
というか、今でも思っています。
そもそも、職場のマツさん(男性)がとてもスリムなので、(彼女にお姫様だっことか、出来るのかしら?〉と余計な心配をしたら、「は?その必要あるんですか?」とクールに言われて、「必要って…!」とビックリしたのでした。

前にそういう話でルナちゃんと盛り上がったつもりでいましたが、
「え、私、これまでしてもらったことないよ」と淡々と言われました。
あれえ?じゃあこの話をしたのは、誰とだったのかしら?

私「え、付き合ったら、みんなするものじゃないの?」
ル「えー、違うんじゃない?」
女らしい彼女に否定されて、動揺しました。

ルナちゃんは、お姫様だっこといったら、子供の頃に見た『スチュワーデス物語』を思いだすそうです。
「ふくよかな女性が痩せた男性と結婚して、新居に入る時に男が女をお姫様だっこしたら、よろけてつぶれた」というシーンがトラウマのように忘れられず、自分もそうなったらどうしようと恐ろしくて、彼氏に頼めないんだそうな。
昔のドラマすぎて、覚えていないわー。(そもそも観てなかったし)

確かに、欧米での風習があるのは知っていますが、私は小さい頃から、ディズニー映画や、コナンとラナや、バズーとシータの、お姫様だっこのシーンを見てほのぼのしてきたので、もっと自然なものとして考えていました。

今まで着々と実現もして参りました。家族や親戚、親しい間柄に加えて、仲良し(外国人含む)とも、写真を撮る時や、急いでいる時、疲れた時など、その時々のタイミングで。(なんか文字にすると変ですが、実際には特段変でもなかったんですよ)

浜辺でお姫様だっこして、くるくる回るというコテコテのシーンをやってみたこともありました。
(ジブリに染まりすぎ…)
特に私からお願いしたわけではないので、男性もやってみたくなるものだと思っていましたが。
まあ、気が合うからこそ、一緒に会える相手なんですけれどね。

持ち上げてくれた殿方は、たまたま「つきあったらお姫様だっこ」と思う方々ばかりだったのでしょうか。
それとも私が「持ち上げなさい〜、しからずんば、死を!」と無言の脅迫オーラを出していたのかしら。

女友達には「絶対イヤ!してほしくない!」という子もいます。
ノルウェーの知人が、記念写真を撮る時、私を抱え上げてポーズを撮ってくれましたが、それを見た同行の友人は、知人が次に彼女を持ち上げようとしたら「私、重いからダメ!」と説得して、横抱きではなく肩を組んで写真を撮っていました。
(全然重そうじゃないのに)と思いましたが、きっとそれって、乙女心なんですね。

確かに、男性に「無理。君は持ち上げられない」とか拒否されたら、ショックで拒食症になるかもしれません。
男子たるもの、いくら痩せている人でも、女性の一人や二人(?)、愛の力で抱え上げられないでどうする!と思ってしまう私は、普通ではないのかしら?

前の職場にいた、スマートなモテ男子を思い出しました。
ある時、「かつて彼女に腕枕してあげたら、朝起きたら腕にひびが入っていた」とおもむろに語り始めたので、ビックリしたんです。
(職場なのに、突然どうしたの?)とか(ひびが入るって、カルシウム不足すぎ!)とか(いや、足りないのは筋肉の方?)とか、(いやいや、彼女がよっぽど石頭だったのかも?)とか、いろいろ頭をよぎりましたが、淡々と話していたので、深くは突っ込めませんでした。

その彼女とは、残念ながらお別れしてしまったそうです。(まあ、ね…)
その後、彼は腕を鍛えたのかしら?それとも腕枕をやめたのかしら?それとも頭の軽そうな(なんか失礼)彼女を見つけたのかしら?
今でも交流はありますが、さすがに聞くに聞けません。

腕の骨の鍛え方はわかりませんが、お姫様だっこのコツは、膝ではなく股関節を使って持ち上げ、重心を後ろに持っていくことだそうですよ。
世の男性方、女性たちに夢を与えるべく、ロマンチックなムードになったら、抱きかかえてあげましょうね!ただし彼女が厭がったら、紳士的にやめましょう。
うーん、男性って大変だわ〜。私がみんなを持ち上げられるものならねー(^_^;)
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