赤目の中二病

引っ越ししてから、10日が経ちました。
でもまだダンボールの中にいます。
詰める時は、重さとカサと用途を考えれば、あとはエイエイと目の前の箱に収めていくだけでしたが、出すときには置き場所を考えないといけないため、時間がかかるものですね。

 

実は、引っ越し直前と直後に、片目が真っ赤に充血してしまいました。
普通の充血とは違って、血の色に真っ赤になるのです。
これまでも、2,3年に一度くらいはなっていましたが、続けてなったことはなかったので、よっぽどストレスがかかったのかな〜という感じ。
埃の中にいるから、目に悪いんでしょう。
痛みはほとんどありませんが、とにかく見た目がホラーなので、周りの人に余計な気を遣わせてしまいます。

 

週明け、職場のボスに「殴られたの?」と言われました。
グーパンチされたら、白目が赤くなる前に、目の周りに青タンができますよ!

ボスと一緒に精養軒でおしゃれランチをした時には、ボスがあらぬパワハラ誤解を受けるのはお気の毒なので、伊達メガネをかけていきました。

 

そろそろ片付けが一段落したころだろうと、少しずつお誘いがかかるようになっていますが、目がそんな状態なので、昨日の祝日もどこにも行かず、家にいてお片付け。
一人でいると、とりとめなくいろんな雑念が浮かんでは消えていきます。
(私のこの目・・・ほんと赤くてこわいなあ)
(血の色だからね〜。犯罪者の目だわ)
(こういう目の人、どこかにいたような・・・見た目が不気味でこわい・・・そうそう、犬神家のスケキヨ!)
一人でスケキヨ気分になりましたが、あとで確かめてみたら、彼は全然赤目ではありませんでした。
黒い縁取りで、むしろ「デスノート」のエルの目ですね。

 

赤目のキャラと言ったら、タイトルにもなってるあの少女。
そうそう、灼眼のシャナ!
カヲルくんだって綾波レイだってそうじゃない。

 

 

でもあんなキレイなキャラじゃありません。黒めの横が血の赤なんですからね。
やっぱり雰囲気としてはスケキヨ・・・。

あれこれ考えましたが、ピンとくるキャラクターは思い出せずに、一日が終わりました。

 

夜に、はっと思いつきます。
(そうか、赤目にこだわらず、このまがまがしい雰囲気は、邪眼だわ!)
(イーヴィル・アイ!)(響きがかっこい〜い)

 

見たら石になっちゃうメドゥーサとか。
ハリポタでおなじみのバジリスクとか。
うわ〜、会いたくなーい。でも会ってみたーい。
自分と同じ顔、ドッペルゲンガーにあっても、死ぬって言われていますね。

 

そうかあ、スケキヨっていうよりメドゥーサね〜。納得。
という、謎の満足感とともに、眠りにつきました。


朝起きて、出勤途中に仕事モードの頭で前日の自分の思考を辿ってみて、
(ああ、私ってなんて中二病・・・)と思いました。

 

いろいろ考えて、とっても楽しかったのですから、まさに病膏肓に入る状態。
とはいえ、そんな中二病は、一人きりの時にだけ発症させるので、次に誰かと会う時には、しっかり普通の目になって、普通の話ができるはず。(中二病の相手の場合、この限りではありませんが!)

こうして今日も、地味〜に世間をたばかっていまーす(笑)。
 

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レーシック5年目
レーシック手術を受けてから、今日で5年が経ちました。
もうわざわざ日記に書くこともないかな?と思うほど、普通の日々を送っています。

今なら、スキーでもスキューバでもスカイダイビングでも、目のことを気にせずにのびのび楽しめそうですが、なんだかそういうモードじゃなくなってきています。
目下、絶賛夏バテ中なので!
断崖から突き落とされても、とりあえず水面に顔を出せればなんとかなりそう。
ハードコンタクトの時は、それが不安でした。(サスペンスドラマの見過ぎ?)

真夏のこの時期に、手術を受ける決心を固めて、何度もクリニックに通い詰め、アフターケアにいそしんだ5年前。
我ながらよくやったなあと思いますが、私の場合、もう一刻も待つ余裕が無いほどに、目がコンタクトを受け付けられなくなっていたのでした。

昨日の煌々と輝く月も、寝しなに裸眼で見ることが出来ました。
視点の定まらない不便さや、コンタクトやメガネを使う煩わしさがなくなったことは、自分にとって大きな変化です。


これまでの5年間、「人には勧めない」というポリシーは守っています。
自分は快適な結果となりましたが、他の人もそうだとは限らないのですから。

周りには、ちらほらとレーシック仲間がいます。
興味をもつ人は多いものの、まだ新しい未知数の領域ということで、私の状態を見ながら「3年問題なかったら、自分もやる」とか「5年間観察する」と言っている人も何人かいます。
私にしてみれば、何年も待てる人は、受ける必要がない人たち。
やろうかやるまいかと悩んでいる人は、やらなくていいと思います。
身体にメスを入れるわけですから、どうしたって身体への負荷はかかります。
やらずに済むのなら、やらないに越したことはありません。

たとえリスキーでも、もはややるしかない、選択肢がない人は、私を含め大勢いるわけで、そうした人にとっては、絶望から救ってくれる夢のような手術です。
オペに望む、不安いっぱいの人たちが、必要以上に怖がらないように、自分の目の状態を時々話題にしています。

今では、手帳にメモしていなかったら、裸眼生活になってから5年たつことや、そもそもレーシックを受けたことさえ、忘れているような毎日です。
時々町で、術後にかけるメガネ姿の人を見かけると、(あっ)と気がついて、目で追います。
術後のメガネ期がいちばんケアが大切な時で、それを過ぎるとあとはどんどん自然経過となっていくので、(がんばれ〜、もうひとふんばり〜)と心でエールを送りながら。

今夜の満月も、楽しみです。

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レーシック4年目
健康診断を受けました。
計測するものは、どの数値も去年とほとんど変化がありません。
貧血も相変わらずなので、また今回も要注意事項に書かれてくるでしょう。(ふう)

視力検査は、0.8と0.9でした。
レーシックをうけて、今年の夏で4年目になります。
手術日から4年目にあたる日、私は知床を旅行中でした。
連れもレーシック体験者だったので、感動を分かち合おうと「今日がちょうど4年目なの!」と伝えましたが、「ふーん」と流されてしまいました。
感動を忘れちゃだめよー!

視力測定前に「メガネやコンタクトは必要ありませんか?」と聞かれると、今でも一瞬(ええっと、どっちだっけ)と間をおいてしまいます。
去年は両方0.8でした。
施術直後は1.0くらい見えましたが、もともと乱視がひどいため、近視だけの人よりどうしても視力回復値は低めになってしまうと、あらかじめ言われていました。
なので、これ以上目がよくなることはなさそうです。乱視め〜。
逆に、4年たった今でも視力が落ち過ぎていないことに安心しました。

特に周りに言いまわる話でもないので、なにかのきっかけでレーシック体験者だということが話に上ったりします。
私より前に受けたレーシック体験者は、友人1名だけでしたが、同時期に施術した友人が1名、1年後に受けた友人が1名、3年半後に受けた友人が1名、職場のニューカマーが1名と、数は少しずつ増えてきました。
久しぶりに再会した兄弟が、5年前に体験済みだという話をこの前聞いて、驚いたばかりです。
特に仲間を探したり増やしたりせず、経験者は周囲にもっといるかもしれませんが、私が知る限りのレーシック仲間はこれで7人になりました。
みんなで「白雪姫と7人の小人」ごっこができるわ!
誰がヒロインになるのかで揉めそうだわ。男性率の方が高いけどー。
(画像はElijah Wood。とてもきれいな瞳。)


やむにやまれず施術した身なので、「やらずに済むのなら、受けることはない」というのが、私のレーシックへの考え。
今ではもうすっかり裸眼生活に慣れ、日々のメガネなしの感動やありがたみも、つい忘れがちです。
新しい手術を受けただけに、今後目の調子が激変しやしないかという不安がないわけではありません。
中にはいい結果が出なかった人もいるため、社会問題になるたびに、周りに「大丈夫なの?」とひどく心配されてしまいます。
今はすこぶる快適ですが、見えない不安を抱えながら、周りの不安を受け続ける。
こんな状態なので、同じ状況の友がいるということは、とても心強いものです。
先の見えない海原へと舟をこぎ出していく仲間を見つけた気分。

願わくは、一大決心をしてレーシックを受けた人たちが、みんな視力を取り戻して、いつまでも美しい世界を見続けることができますように。
心からそう思います。

よく「自分も興味があるにはあるけど、やっぱり怖いから、リカの目の状態が数年間問題なかったら考えようかなーって思う」と言われたりします。
そういう人がほかにもいるかと思って、久しぶりに目の話を書いてみました。
「やだー、それって実験台ー?」と返していますが、自分の感想は「なぜもっと早くに受けなかったんだろう」というところ。
ただ、自分は満足していても、決して人には勧めないというのが私のポリシーです。
そもそも、私の状態をしばらく観察していられるという段階で、(そこまでのんびりできるのなら、レーシックは必要ないでしょう)と思っていまーす。

みんな、目を大切にね!(でんこちゃん風に)
10月10日の目の愛護デーから1週間遅れの、レーシック経過レポートです。

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レーシック・2年後
レーシックを受けてから、昨日でまる2年が経ちました。
そんなに時が経ったなんて。季節はあっという間に過ぎていきました。

つまり、私がコンタクトから解放され、裸眼生活を送るようになってから、もう2年が経つということです。
ハードコンタクトは、目に埃が入ると痛いし、水の中に入ると流れてしまう恐れがありましたが、今では、風の強い日も、海やプールに落ちることも、怖くなくなりました。
(実際に起きたら、別の意味で怖いですけどね!)

そういえば、私がレーシックを受けようか受けまいかと悩んでいた時に知り合ったsolenneさんは、ちょうど施術後2年だと話していました。
レーシック手術について、どうだったかといろいろ質問ぜめにしたら、「もう2年も経つと、いろいろ忘れちゃって。自分がレーシック受けたってことも忘れちゃってるくらいよ」という答えが返ってきました。

今の私もまさに、そんな感じです。
コンタクトのCMを見ても、もう関係ないものとして、なにも感じなくなりました。
以前は、より目に合ったものをつけようと、新製品チェックは怠りませんでしたが。

時々、親から「本の読みすぎや夜更かしは目に悪いから気をつけなさい。せっかくレーシックをして良くなったのに、また悪くなっちゃうわよ」と言われて、ハッと思いだします。

視力に不便を感じなくなると、もう見えるのが当たり前になってしまって、目も酷使しがちです。
でも、2年前、目に何もつけなくても世界がくっきりと見えた時には、言い尽くせないほどの感動が押し寄せました。
そしてしばらくの間は、朝、目を開けるとクリアな世界が広がっていることに、感激したものです。

夜寝る前に、窓の外に見える景色は、デジカメで撮ったものと一緒。
2年前までは、メガネをかけないと、月の形さえもわかりませんでした。

今ではすっかり見えるということに慣れてしまいましたが、2年前までは、喉から手が出るほどに欲しかった感覚です。
あの時に味わった感動は、いつまでも忘れずにいて、きっちり目を大切にしていこうと、改めて思いました。

・ところで、マイミクのHewさんご作成の、今年の横浜花火大会の動画を、その日の日記にコピーしました。(一番最後です)
とってもセンスのいい動画です。これぞ夏の花火!という華やかさと迫力を、お楽しみください。
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レーシック・3ヶ月後検診
先週、レーシック術後3ヶ月検診に行ってまいりました。
もう、今の目の状態にすっかり慣れて、調子もいいため、今までの検診とは違って気持ちに余裕があります。
ほぼ同時期に施術したカズマ君と、一緒に予約を取ろうかと話していましたが、3ヶ月検診はどうやら予約が取りづらく(一番緊急性が低いからでしょう)、お互い休みを合わせにくかったので、結局一人で行ってきました。

私が施術したのは、品川近視クリニックです。無料巡回バス「丸の内シャトル」(なかなか便利です)で有楽町に向かい、クリニックのあるイトシアへ行きました。

「最後の定期検診となる3ヶ月検診はじっくり行うため、2時間以上かかるかもしれません」と言われましたが、屈折度数の測定、眼圧検査、視力検査、医師の問診とスイスイ進み、1時間弱で終了しました。
はじめと違って、目を向けるだけで、自分が行うすべての工程が見えます。眼鏡を取ったり外したりする必要はありません。

今の視力は、両目1.0でした。先生に「前は1.2出ていたんだけれど。でも術後1年ぐらいは視力は安定しないから、またよくなる可能性もありますよ」と言われました。
「40代になって老眼が出た時、見えすぎているときついから、今くらいがちょうどいいと言えますよ」などと慰められ?ましたが、もともと大近眼だった私にとっては、1.0でももう十分すぎるほどで、全く不満はありません。
とにかく、乱視の煩わしさから逃れられたことに、大満足しています。

「目はとてもきれいで、問題ないので、検診は予定通り、今回までになります。
今後調子が悪くなったら、連絡して下さい」と言われました。

「何か質問はありますか?」と聞かれたので、「横浜院は、いつできるんですか?」と尋ねました。
できれば、最寄りになる横浜院へ、浜っ子仲間のカズマ君と行こうと思っていましたが、オープンの知らせがなかなか来ないため、今回も銀座院へ来たのです。
「1月11日からですが、当分は手術は行わず、週に数回、外来のみ受け付ける形になります」とのことでした。
もう開院していることになりますが、確かにHPにはまだ掲載されていません。
「カルテを移行するのに数日かかるので、できれば今後も、施術された銀座院の方へいらして下さい」とのことでした。

さらに、「老眼レーシックについて、教えて下さい」とお願いしました。
周りの年上の方から「レーシックに興味はあるけれど、老眼があるから無理かなと思って」とよく言わており、先日、クリニックが、アメリカで開発された老眼矯正レーシックを始めたと聞いたところだったのです。

先生「老眼用のレーシックは、目がよくないとだめなんですよ」
私「えっ?」
「目が悪いままだとできないので、まずは、普通のレーシックを受けて、目を良くするんです」
「たとえば、今の私くらいの視力なら大丈夫ですか?」
「ええ、できます。そして、片目だけ施術するんです」
「えっ、両目じゃないんですか?」
「コンタクトでも、片目だけ老眼用をつけて矯正したりするんですよ。このやり方は合う人と合わない人がいるので、まず最初に適性検査を受けることが必要です」
「そうですか」
「まだ初めて一か月なので、データが少ないんですよ。今、銀座院でモニターを募集しています。興味のある方には、まずは適正検査を受けていただくことになります」

ということでした。私たちに快適な視力をもたらす方法が、今後、また一つ増えることになるのかもしれません。

これで、私のレーシック定期検診は終了です。私の場合は、受けて正解でした。今では、施術したことさえ忘れている毎日です。
裸眼で過ごせる快適な日々を、これからもずっと満喫していけるよう、なるべく眼は酷使せずに、大切に使っていきたいものです。もっと早寝しなくちゃ…。

(クリニックから望む有楽町駅前。
3か月前までの裸眼では、ぼやけて全く何も見えなかった光景です)
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レーシック・翌日検診〜
手術を受けた夜は、痛みも無くぐっすり眠り、朝を迎えました。
目を開けると、部屋の中がよく見えます。
窓の外には、世界が遠くまで広がっていました。

現実と向き合うのがなぜかこわくて、見えていることの実感がないまま、鏡に向かってスキンケアをはじめました。
左目の角膜の周りは充血していますが、ほかに特に目立った変化はありません。
すると、鏡に映る私の片方の鼻から、突然ツーッと血が出てきました!
鼻血!!
目はさほど痛くないのに、鼻血が出るなんて!
普通に出たことなんて、子供の頃くらいまでしか記憶にありません。
ビックリです!
ガーン、やっぱり昨日、マニ車をちゃんと回さなかったせいかしら?(←迷信深い)

今回は無血手術で、イメージによるストレスが少ないと思っていたのにー。
血を見たショックで、一気に眼が覚めました。
やっぱり、目と鼻はつながっているから、なにか関係あるのかしら?
しかも少したってから、またツーッと出ました。なんだか怖くなりました。
白血病かしら?(このタイミングで?)

幸い、これから翌日検診に出かけるので、その時に相談しようと思いました。
保護用メガネをかけて外出します。気のせいか、目に異物感があるので、今までと変わった感じは全くしません。
つまり、コンタクトをしてサングラスをしているような感覚です。

クリニックには、検査・手術・そして今日と、3日連続通っています。
この日は土曜日なので、検査、オペを受ける人たちで恐ろしいほど混んでいました。
これまでも相当混み合っていると思っていましたが、待合室にたくさんある椅子はどれも埋まり、立っている人までいました。

翌日検診の人たちは、同じメガネをしていて、わかりやすいです。
今度、街中でこのメガネをかけている人を見かけたら、(レーシック術後の人だわ)とわかるので、優しくしてあげようと思います(!?)
視能訓練士の人に、3日連続で視力検査をしてもらいました。
すると、右が1.0、左が1.2でした。
角膜の状態もキレイだと言われました。
全く実感が沸きません。だってだって、今までになく、世界が見えすぎるんです。

それから、医師のチェックがありました。
フラップもちゃんと乗っていて、問題ないとのことです。
「術後、なにか困ったことはありましたか?」と聞かれたので、
「朝、鼻血が2回出ました」と言ったら、先生は笑いながら
「鼻血は、レーシックとは関係ありませんよ」と言いました。
そ、そうなんですか?じゃあのぼせちゃったのかな〜?
朝から雨が降り出しそうな涼しい日なのに・・・。

でも、ネット検索しても、レーシックと鼻血の関係はわかりませんでした。
だから本当に、眼が見えた嬉しさのあまり、のぼせちゃったのかも??
眼と鼻はつながっているので、繊細なところで衝撃があったのかもしれませんが、あまり気にせずにいようと思いました。

この日も検診に2時間近くかかりました。
眼にトラブルはなく、心配だった鼻血も、特に深刻な問題ではなさそうなので、嬉しくなりました。
クリニックのビルから見下ろす街並が遠くまで見え、じわじわと見える実感が沸いてきます。

診察が終わったら、丸の内カフェに行こうと思っていましたが、すっかり忘れて、お散歩気分で皇居の方へ歩いていきました。
すると、辿りついたのは、平将門の首塚。
ヒエェ〜(^_^;
恐ろしいスポットとして今までも気になってはいましたが、行ったことがなかったので、これも縁だろうと思って行ってみることにしました。
私は、“首塚”というイメージと、『陰陽師』の読後感で、平将門は亡くなった今なお恨みを持ち続けている恐ろしい人物だと思っていましたが、将門は弱きに優しく強きに厳しいヒーローだったと説明書きにありました。
いい人だったのね。彼のことを誤解していたわ。
5月に、飛鳥村で蘇我入鹿の首塚も見たので、今年は首塚づいているのかも!?
大都会のビル外の中にぽつんとある場所ですが、人気があるのか、私がいる間に、熱心なファンらしき人が数人来ていました。

その後、昨日できなかった仕事をやろうと職場に行きました(涙)。
すると、オフィスの別の建物が停電になったため、週末は職場全体的にネットワークが不通と知らされ、結局仕事はできずに、肩を落として帰宅しました(さらに涙)。

眼は、遠くまでよく見えています。スーパークリアハイビジョンです。
電車に乗っていても、次の次の次の車両の奥の方まで、ずっと見渡せるのです。
両側に鏡があるところで、どこまで見えるか、覗いてみたいものです。

(世界はこんなに静かで秩序だっていて、理路整然としているものなのか)と、驚きながら思いました。
(よく見えすぎて、私は死期が近づいているんじゃないかしら)とまで思ったりもします。
なんといっても、これまでの私の裸眼の視界は、印象派のモネの絵、もしくはムンクの『叫び』のようでしたから。

オペの前には、不安のあまり、いろいろな物語を思い出しました。目が見えない『ヘレン・ケラー』や、視力を失った『大草原の小さな家』のローラの姉メアリーのこと、声とひきかえに脚を手に入れた『人魚姫』のことなど。
オペの後は、あまりにきれいに見えるので、本当に現実なのか、まだ半信半疑でいます。
ただ、まだしばらくは視力も不安定で、次やその次の検診の時にはガクンと視力が下がってしまう人もいるようなので、(こんなによく見えるのは、今一瞬だけなのかも)と、刹那的に思ってもいます。

川原由美子の『花盗人たちの夜』という短編マンガ集の第1話に出てくる、「私はどんどん眼が見えなくなって、今に失明してしまうの。だから、忘れないようにあなたの匂いを覚えておくわ」という名もない少女のことを、鮮明に思い出しました。

私もその少女のように、(よく眼が見えているうちに、忘れないようになるべく見晴らしのよいところで、キレイな景色をたくさん見ておきたいわ!海とか山とか!
フライミートゥザムーン!)と、願っていますが、週末はあいにくの雨だったので、静かにしていました。

今日現在で、術後4日目です。まだ寝る時にはアイマスクをし、3種類の目薬をさし続けています。
翌々日にもまた鼻血が出ましたが、粘膜が弱っていたのが原因のようで、今では出なくなりました。
翌日検診の次は、一週間後検診。視力が下がっていなければいいなあと思います。
これまでは、4時間睡眠などざらでしたが、術後はもっと眼を大切にしようと、6〜8時間の規則正しい生活を心がけています。
ここで、私のレーシック体験記は、ひとまずおしまいでーす。

  イライジャ・ウッドの眼はきれい。
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レーシックの手術を受けました・2
レーシック手術の続きです。
オペルーム1でフラップを作った後、視界は白くぼやけ、ほとんど見えなくなっています。麻酔が効いているはずですが、なぜか痛い感じで目を開けていられません。
ほかの人の体験記にあった「このタイミングで大地震とか起こったら、自分はどうなるんだろうと思った」という一文を思い出し、私も不安になってしまいました。
お医者さんの腕を信頼してはいますが、なにかパニック事態が起こった時には、先生は逃げる前に中途半端な状態の私の眼を治してくれるのかしら・・・うーん、そこまで考えると、もう怖すぎます。

幸い、天変地異は何事も起こらないまま、オペルーム2に案内されました。
乳白色のぼんやりした視界の中で、また横になります。
よく見えないため、この部屋では何がなんだか状態で、完全にまな板の上の鯉状態です。きっと、手術を受ける人全員が同じように思うことでしょう。

ここでは、角膜にエキシマレーザーを当てて屈折力を変えます。
またもや眼を固定され、先生の指示通りに緑の点を見つめながら、レーザーが動く間、再び「目の神様〜!」と心で叫んでいました。
先程よりも圧迫感はありませんでしたが、機械音が響きました。
辺りは真っ暗で、『2001年宇宙の旅』の映画の中にワープしたような状態でした。『マトリックス』のような、闇の中の疾走感もありました。
最後に、シャワーが全てを洗い流すように、ジャーーッと目にかかりました。

眼の圧迫から解放され、宇宙空間から戻った時には、フラフラになりましたが、先生にお礼を言ってオペルーム2を出ました。
(この次にはどんなことが?)と思いましたが、これで手術はおしまいでした。
薄暗い部屋でしばらく目を閉じて休み、目が落ち着いた頃に先生が角膜のチェックをして、何種類もの目薬と錠剤を処方されて、終了となりました。

オペが終わった直後、起き上がる前から、驚くことにもう視界がクリアになっていましたが、まだ目の異物感はあって、コンタクトをしているような感覚でした。
ハロ・グレアという、光がボンヤリ見える症状はけっこう出ていますが、コンタクトをつけていたにもかなりあったので、特に抵抗はありませんでした。
クリアになったとはいえ、乳白色の世界はまだ見えづらいので、保護用メガネをかけてビルの外に広がる夜の都会を、慎重に歩いていきました。

せっせと数種類の目薬を交互に差し続けながら、戻ったのは家・・・じゃなくて職場でした!
早退する前に急ぎの仕事が急遽入り、時間切れになったのですが、依頼者はレーシック手術というものを知らず、職場でも説明できる人がいなかったため、なんとなくそのまま帰りづらく、結局戻ったんです。

残業していたスタッフに「本当に戻って来たの!?」とビックリされました。
だってぇ・・・(T_T)
PCを開けはしましたが、細かい作業で、視界が不安定だったため、結局この日は仕事は無理でした。(当たり前〜!)

前の仕事仲間のTさんから「手術が終わった頃でしょうか?」とメールが届いたので
「24時間はPC、メール厳禁なのに、一旦職場に戻って仕事をしている私って。。。」と返事を送ったら、
「エ?ヱ!いやいや、パソコン絶対ダメだYO! 仕事なんかしなくてもイインダヨ!」とお叱りを受けたので、(そうですよね。じゃあOKがでたということで・・・)と、帰りました。

術後の1〜2時間は、人によってはあまりの痛さに涙が止まらなくなったりすると聞いていましたが、私はそういった痛みは特にありませんでした。
(あれ?)と思って、さすべきなのかと、鎮痛剤目薬をさしてみたら、逆にしみてしまい「アイタタタ」となりました。
ラッキーなことに痛みがなかったようです。コンタクト装着時の日頃の痛みに比べれば、大したことがなかっただけなのかもしれませんが。

手術当日はPCだけでなくTVも読書もダメなのですが、4時間は起きていないといけないため、家ではTV画面に布をかけて、声だけ聞いていました。
いろいろな効果音が、細かく使われているものだなあと、気がつきました。
TVでは、おりしも「視力の0.1などの数値の決め方」について、教えてくれていました。視力検査の時のランドルト環の、「C」のすき間の値を分母に置いて出した数だそうです。(わかりにくい説明かも)

マニ車ですが、あると思った所になく、この日の悪い視界で家の中を探すのは億劫だったので、「心のマニ車」を回すことにしました。
くるくる、くるくる。
そして、両目に透明のプラスチックのアイマスクをして、寝ました。

  あとちょっとでイスカンダルまで行けそうだったにゃん
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レーシックの手術を受けました・1
手術当日の話です。私が受けたのは、スーパーイントラレーシックです。
決心はしたものの、やはり直前まで、マリッジブルーのように不安と憂鬱にさいなまれ続けていました。友人へのメールに「逃げ出したいわ〜(> <)」と書いたら、「新生リカの誕生だね! ガンバレ!」と励ましてもらったので、(新生かあ。よし、ガンバロウ)と、予定の時間にクリニックへ行きました。
手術を受ける人たちが大勢集まっていて、少し勇気が出ました。
今回は、女性の方が多く、検査の時とは男女比が逆転したようでした。
女性の方が度胸があっていうのは本当(笑)? それともたまたまでしょうか?

まずは視力検査をし、術前の眼の状況を確認してから、お会計になります。
お医者さんで先払いって、なんだか不思議ですが、値段は決まっているし、目の手術の後は、支払いどころではなくなるからでしょう。

検査の時もでしたが、待合室にいるのは20−40代の人たちばかりです。
レーシック適用年齢があるからですが、普通の病院のような子供やお年寄りの姿がないため、とても静かで、無駄な動きがありません。
大勢の人がいるのに、それぞれに沈黙を守っている、不思議な病院の待合室です。

6人ほどでまとまって看護師さんの説明を受け、手術フロアへと案内されます。
荷物を全部ロッカーに入れ、手ぶらになります。メガネも置いていくため、誰もが視界がぼやけて、心もとなくなります。
ヘアキャップで髪と耳を隠し、麻酔点眼をされてから、一人ずつオペルーム1に案内されました。

そこでは、角膜にフラップという膜を作ります。
横になった私の耳に、お医者さんが看護師さんに
「うーん、左は通常にしましょうか?」と話す声が聞こえてきました。
(え?通常でなければどうするのん?)と気になりました。
後で、私の左眼は「通常」、右眼は「薄い」でフラップを作成されたと知りました。ニュアンス的には「薄い」方が一般的のようです。

それから、機械でがっしりと眼を固定され、圧迫されたことにビックリしました。
もうどこにも逃げられません。
(目が!)と動揺して動きたくなりましたが、横から「あと20秒」などとカウントしてくれる静かな声が聞こえてきたので、落ち着けました。

麻酔が効いていて無痛ですが、機械が離れると、眼から涙がどっとあふれました。
私は両目施術したため、 右の次には左もあります。もう一度同じ思いをするのかと、かなり息も絶え絶えです。

術中は一点を見つめながら、ひたすら「目の神様〜!」とおすがりしていました。
目の神様といえば、やっぱり思い出すのは、チベット仏教のブッダ・アイ。
あの眼を一生懸命思い出していました。
(画像はカトマンズのスワヤンブナート寺院)
実際には、ブッダ・アイは知恵の象徴ですし仏様ですが、もうこの際、目の神様ということで(笑)!
家に帰ったら、マニ車もくるくる回さなくちゃ。
中尊寺の眼病治癒の薬師寺も、思い出しました。
そんなこんなで、オペルーム1での行程は終了しました。次に続きまーす。

  「オーマイブッダ!」とは言わなかったそうでちゅう
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レーシックを受けることにしました
適応検査を受けた結果、レーシックの手術を受けることにしました。
私が決めた理由を記しておきます。

・コンタクトレンズ不耐症
これがほとんどの理由です。
最近では、コンタクトの調子がとても悪く、眼も痛んでいました。
お医者さんには「酸素不足で角膜に傷がつくので、コンタクトをしたまま眠ってはいけない」と言われていましたが、残業帰りなど、つい電車の中でうとうとしてしまうこともあり、難しく思っていました。コンタクトによる目の痛みがひどく、最近ではメガネで過ごすようになっていましたが、メガネで外を歩くと酔ったようになるし、階段を下りるときなど怖さも感じるため、やはりあまり合わずに長くはつけられず、コンタクト・メガネ共に、ストレスを感じるものになっていました。
今回の検査で、長いコンタクト生活によるコンタクトレンズ不耐症という診断が出ました。ドライアイなどが原因です。もはや充血や痛みが耐え難いものになっていたので、ほかに選択の余地がなかったというところです。

・充血
「目、充血してるけど、何かアレルギーなの?」と聞かれたことがありました。
人にわかるほど充血しているのは、自分の眼によくないことですし、相手に不快な印象を与えます。
このままにはしておけないな、と思っていました。

・情報収集
よくわからないことが不安につながっているため、情報収集にはげみました。
わかる限りでのメリットとデメリットを理解しました。
mixiのコミュニティに書き込まれている、無数の経験者のコメントは、私を後押ししてくれました。

・医師のコメント
自分で調べられることは調べ上げていましたが、専門の医師の意見が何より大切だろうと思いました。
いいことばかり言う人は信じられないかも、と思いましたが、問診担当医師は、私のデータを説明してくれた後に、「手術をされる際にはベストを尽くしますが、確率論なので、いくつまで見えるようになるなどと、断言してお約束することはできません」と言いました。
そう言われると、不安でいっぱいの患者の立場としては動揺しますが、全くの正論なので、相手に過度な期待を持たせないところに逆に安心しました。

私が海外旅行したての頃、「旅行は大好きだけれど、飛行機が落ちないかと毎回不安で不安で〜」と友達にこぼしたところ、その友達は「すごく小さな確率だけれど、落ちる時は落ちるんだから、そんなこと気にしたって仕方ないよ」と言いました。
豪胆さに驚きましたが、それからは私も度胸を決めて、恐がらないようにしました。
そのことを思い出したのです。恐がっても、確率の数値が変わることはないのです。

・親の同意
私の両親はかなり保守的なタイプだと思いますが、こと眼に関しては意外なほど革新的で、そもそも視力矯正手術のことを教えてくれたのは両親でした。
父もとても眼が悪く、緑内障・白内障・網膜剥離、全ての手術を行いましたが、今は以前より調子がよいようです。
10年以上前に、眼科に行った父が、母経由で視力矯正法のパンフレットをくれた時には、(ええっ、こんな大仰な眼の手術を子供に勧めるの?)と驚きましたが、私が生まれつき目が悪いことを悲しんできた親の思いとして、それは捨てられずに、まだどこかにしまってあります。

・失明はしない
眼の悪い人にとって、失明は気持ち的に身近な恐ろしさを感じる悲劇です。
少ししか見えない眼が、これ以上見えなくなったら・・・という怖さがありますが、レーシックの手術で失明することはないそうです。

・角膜の厚さ
幸運なことに、角膜の厚さがあるため、万万が一失敗しても、やり直しは可能だとのことです。
一度だけのチャンスだといわれても、やったかもしれませんが。

・検査と一緒に手術日も予約していた
検査の申し込みの時、手術日の予約も一緒にするように勧められました。
検査止まりにならないようにとのクリニックの方針だと思いますが、優柔不断な私は、施術可能とわかったら「じゃあいつか、決心がついたらやろう」と思うだけで、結局いつまでも悩み続けていそうです。やりたい気持ちがあっても、日を置くとどんどん迷いが強くなりそうな気がしたので、手術日を入れてしまうことで、逡巡の無限ループに陥らないようにしました。

・人の多さ
とにかく大勢の人が検査に来ていました。普段の生活の中で、レーシックを考えていると言うと、若干異端的な眼で見られなくもありませんが、これだけ多くの人たちがレーシック手術を考えているんだと思うと、やはり心強いものがありました。

いよいよ、次回は手術の話です・・・。

  時の流れを旅する、メーテルの眼だにゃん
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レーシックの検査を受けました
昨日、職場を早退してレーシックの検査を受けてきました。
視力矯正法については、ずっと前のロシア開発のRK手術の頃から気になっていましたが、当時はあまりにも一般的ではなく、手術のイメージがとても恐ろしかったし、お医者さんに「保険が適用されるようになるまで待ったら?」とアドバイスをもらっていたため、時が移るのを待っていました。

最近では、レーシックを受けたという話をちらほらと聞くようになり、値段も以前よりもはるかに手頃になり、しかも生命保険に適用されるということがわかりました。
(それでもやっぱり、目の手術なんてこわすぎてムリだわ)と思っていましたが、近ごろはコンタクトをつけると痛みを感じて充血するようになって、悩んでいました。眼科で診てもらっても、装着時間を守るようにしか言われず、(コンタクトという異物を目に入れているわけだし、14歳からずっとコンタクト生活なので、きっと目に負担がかかっているんだろうな)と気になっていました。

mixiで調べたり、友達がレーシック経験者で、満足しているとの声を聞いて、じわじわと勇気が出てきたところで、改めてレーシックについて調べてみたところ、全員が受けられるものではないため、事前検査が必要だと知りました。
(レーシック、どうしようかな、受けようかな)と、さんざん悩んでいても、結局自分の眼は不適応かもしれないので、そこはハッキリしておこうと、検査を受けることにしたのです。

事前検査の前に、コンタクトを外し、メガネで生活しなくてはなりませんでした。
ハードコンタクトの私は、ソフトよりも長い、2週間前からメガネで過ごしていたため、今年の夏は、飛んだり跳ねたりせずにおとなしく過ごしていました。

検査を受けた人の10人に1人は、いろいろな角膜の問題で不適応の診断が下るそうです。長年コンタクトをつけていると、角膜の細胞が減っていくと聞いたので、(私はかなり、10分の1に入る可能性が高そうだわ)と思いました。

適応検査では、視能訓練士さんの指示のもと「眼の硬さ」「視力」「水晶体の形」「角膜の細胞」「角膜の厚さ」「角膜の形」「屈折率」「見え方の質」「明るさや感度」などを細かく調べました。

待合室の受検者の数がとても多くて驚きました。男女比率は、3:1か4:1くらいで、男性の方がずっと多かったことにも驚きました。
メガネで男前度が上がるというし、「メガネでいいや」という人が多いのかなと思っていたので。
平日なのに混雑していて、待ち時間も長かったのですが、それだけ大勢の人が同じ検査を受けているということは、励みにもなりました。
これが一人きりだったら、どこかの段階で脱走していたかもしれません〜(^_^;

角膜圧の検査の時に、瞳孔を開く目薬などを3回さされました。
徐々に視界がぼやけていって、待合室でファッション雑誌を開いても、もう文字は読めず、写真だけ眺めていました。隣の席にいた男性は、ケータイを目に近づけて、がんばってメールを打っていました。

いろいろな検査を受けた最後に、眼科医の問診がありました。
私は近視も乱視も、先生がため息をつくほど強く、その数値だけ見ると不適合になるそうですが、角膜の厚さが平均以上にあるので、手術は可能だとのことです。
ただ、もともとが悪いため、手術を受けてもあまり視力は戻らないそうです。
0.02⇒1.0になればいいそうです。目標は1.2だとか。
あと、人よりもハロ・ブレアという、夜間光がぼやっと見える症状が出る確率が高いといわれました。

少し前に同じところで検査を受けた友達は、1度しかレーシックを受けられない角膜だと診断されたそうです。
不適応ではなかったことは嬉しいですが、近視も乱視もひどすぎて、あまり効果が出ないかもという説明を受けて、少しがっかりしました。

検査は、私だけ二度先生の問診を受けたこともあり、3時間半かかりました。長くて、慣れないことだらけだったので、雰囲気に疲れてしまいました。
クリニック選びのため、何軒かのところで検査を受けるという話もよく聞きますが、私はここだけでもう充分ですー。
瞳孔が開いたままなので、しばらく視力が元に戻らず、メガネをかけているのに、帰り道の駅のホームの時計針がどこをさしているのか、よくわかりませんでした。
帰宅してPCを見ても、文字が読めず、フォントを最大級まで上げました。
人が脱走しないようにするには、注射を打ったり薬を飲ませたりするよりも、瞳孔を開く目薬をさした方が、健康的で効果てきめんですね。走れないんですもの〜。
クリニックが駅前にある理由がわかりました。きっとみんなが帰り道にフラフラ、よろよろしないようにでしょう。(違うかな?)

以上、レーシック適応検査の受検記でしたー。

  うさうさは視力0.05ぐらいでちゅう。リカより見えるんでちゅう。
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