1989年11月9日
1989年11月9日は、ベルリンの壁が崩壊した日です。
あれから25年が経ちました。

私がベルリンの壁を知ったのは、少女マンガからでした。
国同士の戦争なんてよくわからないし、国境がなにか、実感がわかない子供の頃。
でも好きなのに、会いたいのに、こちら側と向こう側に否応なく引き裂かれる人々の悲劇と、人間に絶望を与える壁の恐ろしさを知りました。

少し大きくなってから、指揮者のカラヤンが、壁の向こうにも音色が届くようにと、ベルリンの壁のそばにベルリンフィルハーモニー管弦楽団を建てたと聞いて、ぐっときました。

そうして訪れたベルリンの壁、崩壊の日。
壁の上に立って自由を叫ぶ人たちの映像を覚えている方も多いでしょう。
世界中が、新しい世界の幕開けを感じた時でした。

同じ年の6月には、天安門事件が起こり、こちらも世界に衝撃を与えました。
世界情勢に刺激されて、中国語を習い始めた人がぐんと増えたのを覚えています。

ドイツも中国も、遠い外国の話。
それでも、人が信念のもとに行動している様子を見ると、同じ人間として、自分もなにかアクションを起こしたくなるものです。

ベルリンの壁崩壊のニュースを受けて、矢も楯もたまらなくなった私は、その冬のうちにドイツに飛びました。
初めてのヨーロッパ旅行は、そんな世紀のニュースに押されて実行されました。

壁は、人々の手によってすでにかなり倒されていましたが、それでもまだ存在しており、チェックポイント・チャーリーもまだ撤去されていませんでした。
アクションを起こすといっても、アジアの小娘が何をできるわけでもありません。
「私もベルリンの壁を削るんだ!」と勢い一本で行ったものの、分厚いコンクリの壁は、素手ではどうにもできず、隣で削っていた人につるはし(ピッケル?)を借りて、打ち付けました。
それでも、私の力では壁はびくともしません。
かすかにこぼれ落ちたかけら(画像右)を拾って、大事にポケットにしまいました。

ブランデンブルク門の近くでは、意味をなさなくなった旧東ドイツ軍の制帽や制服が売られており、それと一緒に壁のかけらも売られていました。
スプレーで彩色された方が西側面。
きれいな色を選んで、持ち帰りました。(ペーパーナイフの長さ13.5cm)

それから、オーストリアも訪れて、カラヤンのお墓参りをしました。
東西ドイツの統一を願っていたカラヤンは、壁が崩壊する4ヵ月前に亡くなっています。
壁の崩壊を知らぬままに亡くなったわけですが、彼の思いとその音楽は、両ドイツ国民を慰め、勇気づけてきたはず。
その偉大な功績者に、挨拶をしに行ったのです。

立派なお墓はまだ準備されておらず、当座といった風情の木の十字架が立っていました。
偉大な指揮者すぎて、来日コンサートは常にプラチナチケット。
同じ時代に生きていながら、一度も生の演奏を聴くことができなかったカラヤンが、一番近い場所にいるということに、感無量になりました。
まだお墓の土も柔らかく、墓守のおじいさんにことわって、一握りいただいて帰りました。

ベルリンの壁のかけらと、カラヤンのお墓の土は、25年たった今でも、私の大切な宝物。
これらを見ると、年月がたってもなお、あの時の感動と、魂をじかにつかまれたような胸震える思いががよみがえります。
あの日あの時、自分が感じた気持ちと一緒に、
これからも大切にしていこうと思います。
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好きな負け組戦国武将
「好きな戦国武将ランキング」はよく見かけます。
だいたい、伊達政宗がトップで、信長が2番手、家康や秀吉もベスト10内にランクインしているという安定不動票ですが、今回は「負け組」とあったので、気になって見てみました。

「好きな負け組戦国武将ランキング」(goo)

1. 真田幸村
2. 石田三成
3. 明智光秀
4. 浅井長政
5. 上杉景虎

ガーン!ショックでした。
だってだって、私が好きな武将ばかりなんですもの!
ちなみに私のお気に入り武将は、(時々順位が動きますが、目下)

明智光秀
石田三成
浅井長政
真田幸村
那須与一

です。
周りにそしられようと、ダブルみっちゃんは外せません〜(笑)
長政さまも、ユッキーも、生きざま・散りざまに惹かれます〜。

5人中4人が負け組トップグループにいるなんて、どんだけ敗者好きなの〜(^_^;)
いやでも、日本には「判官びいき」「敗戦の美学」がありますからね。
滅びゆくはかない美しさをいとおしむのが日の本ですし、『平家物語』が愛されてきたのもそこですから。

でも、男性は概して「勝ち組」が好きなように思います。
私も政宗は好きですが、ホトトギスの3人には特に興味なし〜。
続けて、10位まで見てみると

6. 柴田勝家
7. 斎藤道三
8. 上杉景勝
9. 豊臣秀頼
10.長宗我部元親

でした。
むむ、これもわかるわー。
同じ「日本三大梟雄」でも、斎藤道三より松永久秀なら、なお良し!
弾正のおもしろいコピーを見つけました。わかる方にはわかりますよね(笑)。


景勝も秀頼も、お育ちがいいのであんまりピンときませんが、確かに敗将ですね。
長宗我部チカちゃんは、歴女はみんな好きですからねー。さらに切ない運命を背負う息子の盛親も好きです。

ふむふむ、いいですね、このランキング。
投票者には上杉軍ファンが多そうですが、納得のチョイスです。
だいたい、厳密に言えば、戦国時代の勝ち組なんて家康一人なんですから。

トップ10の武将のうち、真田幸村と石田三成と柴田勝家と豊臣秀頼のお墓参りはしてきました。
(非公開のお墓はお寺の前で)
負けたらそこで命も終わる、屍累々のハードボイルドな時代を越えて、「負けるが勝ち」なんて言葉がまかり通る平和な時代に暮らせる私たち。
戦国時代に思いを馳せては、自分はいい時代に生まれてよかったなあと、しみじみ思っています。
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武将のおべんきょう(カードやマスコット)
最近、歴史の話を書いていませんね。
前に「戦国大戦」のお披露目会に出席してもらったカードボックスを、未開封のまま、しまいこんでいたことに気づいて、イルカさんと開けてみることにしました。
ボックスに入っていた分に加えて、会場のインストラクターのお姉さんからもらったものもあります。
さまざまな漫画家が手掛けているので、プラチナカードもあるんだとか。

最初はドキドキしながら、時間をかけて開封しましたが、結構数があったので、そのうちザクザク開けていきました。
知らない武将がかなり多くて驚きました。
歴女のはしくれのつもりでいたのですが、まだまだ未熟者のようです。


歴史博士のイルカさんでも、知らない武将がいるという、マニアックな世界。
私が知っているのは、みんなも知ってる謙信・信玄・信長のみでした。

十河一存・本庄繁長・安宅冬康・葛山氏元・小畠虎盛・堀秀政は、初耳でした。
安宅冬康は、三好長慶の3番目の弟で、松永久秀の敵。
十河一存は、三好長慶の4番目の息子で、松永久秀の敵。
本庄繁長は、謙信の家来で、信玄と謀反を起こすが、謙信に負け、許されて元に戻った武将。
葛山氏元は、今川家勢ながら信玄に協力したものの、謀反の疑いから信玄に殺された武将。
小畠虎盛は、武田信虎・信玄の2代に仕えた歴戦の勇将。
堀秀政は、信長の小姓。森蘭丸の前の側近で、信長の死後は秀吉に仕えた武将。
だそうです。(相当ざっくり)


カードでは、堀秀政の絵がきれいですね。倉花千夏のイラストだそうです。
安宅冬康もかっこいいですね。
小畠虎盛は、見れば見るほど柄本明そっくりです。

本庄繁長は、浮世絵もすごくかっこいいです。(Wikipediaより)
謀反を起こした彼を鎮圧して、許して、自軍へ戻した謙信の器の大きさにはびっくりしますが、その恩に報いるためか、謙信の死後景勝に仕えて福島城代となった繁長は、伊達軍の攻撃から福島城を死守したそうです。
関ヶ原の戦いののちも上杉家が存続を許されたのは、繁長らの努力が実を結んだためとか。
へえー。直江兼続のほかにも、活躍した敗戦の雄がいたんですね。

このカードの中には、SR(スーパーレア)と言われるものはなさそうですが、何も分からない私はもうこれだけで充分。
知らない武将を一人一人調べられたので、歴史の勉強にはなりました。

ほかに、「歴史大戦ゲッテンカ」というゲームのカードももらいました。
名前の意味は「月天花」かと思いましたが、きっと「Get!天下」でしょうね。
こちらは子供向けゲームだとのこと。
キャラクターは武士というよりも、甲冑を着た中世の騎士のようになっています。


「奥義」という大ダメージ技があり、奥義を「ど根性」で耐え抜くと、逆転劇も起こせるとか。
モンキー(豊臣)秀吉の奥義名が「モンキーパンチ」、真田幸村の奥義名が「灼熱HOT走り(ほとばしり)」と聞いて、制作側の遊び心に笑ってしまいました。
小さい頃から、これで遊んでいたら、歴史好きに育ちそうです。
両方とも、カードは全て、イルカさんに進呈しました。

ところで、数か月前の話ですが、東横線新丸子駅付近をお散歩していたら、突然武将の像を発見しました。
三日月兜に隻眼・・・どう見ても、独眼竜政宗ですよね。
きょろきょろしてみましたが、ヒントとなるものはなにもありません。
不動産屋さんのお店の前にあったので、(そこのマスコットなのかなあ、でも武将と不動産ってかなりイメージギャップがあるけどなあ)と首をひねりながら、サイトを調べてみましたが、特に記載がなかったので、お店に聞いてみました。

そうしたら、「1年ほど前に、隣の隣の本屋さんから買った」そうです。
なにか、人目を引く強烈なものがないか探していたからだそうですが、残念ながら今はもう撤去して、ないとのこと。
ちょっと繋がりが遠すぎたからでしょうか?
確かに、インパクトはありましたよ。(なぜ不動産屋に政宗が?)というね(笑)!
歴史の教科書からではない、遊びの世界からでも歴史に興味を持てるって、楽しいことですね。
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「戦国カンファレンス」に参加しました
昨日、戦国ブームの仕掛け人たちによる「戦国カンファレンス」に参加しました。
SEGAのオンライントレーディングカードゲーム「戦国大戦」のお披露目と合わせてのイベントです。
ゲームはからきしわからない私は、がらちゃんの陰に隠れるように、参加しました。

招待されたのは50名。受付で、自分のブログ名とハンドルネームの書かれたネームカードを見つけて、「うわわ」と恥ずかしくなりました。

会場には、「戦国大戦」のゲーム機がずらりと並べられています。各マシンごとにコンパニオンのお姉さんがついて、やり方を解説してくれます。
はじめは遠巻きに、みんなの様子を眺めていましたが、せっかくなのでやってみることにしました。
といっても、私はがらちゃんの横に座っているだけで、何もできません。

謙信のおためしバトルにします。レベル別に戦いのタイトルがある中で、私達が気になったのは「お家騒動バトル」。難易度高しでしたが、無謀にも挑戦しました。
謙信のほか、上条定憲と長尾為景も登場します。ほかに宇佐美定満という武将が出てきて、「この人だれ?」と聞いたら、がらちゃんが「上杉家の武将で、でも状況次第であっちに行ったりこっちに行ったりした人」と教えてくれ、横で聞いていた、コンパニオンのお姉さんが「詳しいですねー」と感心していました。

雪原の画面がとてもきれいす。
1対1の対戦ではなく、敵味方に分かれた何人もの武将の攻撃部隊を動かしていくため、あちこちで戦いが起こって、手が2本では足りません。
クモにやらせよう!イカでもいいね!
鳥瞰図のように、空から見た戦闘状況が繰り広げられるのが、新鮮な構図です。

じーっと見入っていたら、槍を持ったお姉さんに「カードを動かしていかないと、戦隊は動きませんよ」と言われました。
コントロールバーでピコピコするものではなく、カードを動かして戦います。
お姉さんに「攻撃されますよ、がんばって!」と励まされても、私達は、動きの速さにびっくりして、なかなか応戦できず、結局ほとんどお姉さんに戦ってもらいました。
お姉さん、大勝利です!トレカをもらいました。

会場には、ゲームで使用されるカードが展示されていました。
たくさんありますねー。いろいろな人が描いているので、イラストが多岐に富んでいます。

『のだめ』の二ノ宮知子が、出雲阿国を描いていました。
竹中半兵衛は『絶望先生』の人。おかげで「絶望軍師」になっていました(笑)。
   

『筋肉マン』の作者が描いた信長は、とってもタラコくちびるでした。
幸村には、狐の耳が生えていました。「狸を化かしたから」というのは、真田ファンの早川氏のコメント。
タヌキっていうのは、やっぱり家康のことですよね?(笑)

ほかに『歴史大戦ゲッテンカ』というゲーム機もありました。
「えいえい!」と、バシバシ台を叩く音が聞こえてきました。

ゲームを終えたら、座談会が始まりました。
司会は「レキシズルバー」のスナフ氏、登壇者は「戦国魂」代表の鈴木智博氏、信州上田観光大使の早川知佐氏、「江・浅井三姉妹博覧会」事務局次長の北川賀寿男氏、高知県観光特使の林太一氏、歴ドルの小栗さくら氏の5名。
それぞれの好きな戦国武将の語りから始まります。
家康、真田幸隆、浅井3姉妹、長宗我部元親、直江兼続が挙げられました。
皆さん、好きな武将について、いくら熱く語っても語りつくせないようです。

長浜市は今年の大河ドラマ『江』のゆかりの地ですが、大河ドラマ“ゆかりの地”は今回で3回目とのこと。
滋賀や岐阜の辺りは歴史の宝庫ですね。
「次は石田光成を主人公にした大河ドラマで、ゆかりの地4度目を狙いたい」と貪欲な姿勢を見せていました。

ほかの地も黙っているわけではありません。受付の横では、「真田幸村を大河ドラマに!」「長宗我部氏を大河ドラマに!」の署名運動を、隣あわせのブースで仲良く行っており、私はどちらにもサインしてきました。
幸村の大河がこれまでなかったとは、ちょっと驚きました。『真田太平記』は、かつてあったようですが、今や「大河ドラマは、主人公が一人でないとダメ」という不思議な決まりがあるそうです。
真田家の六文銭にちなんで、6が6つの666666名分の署名を集めているところだそうです。こだわってるー。がんばってー!

長宗我部元親は、お家つぶしにあった悲劇の家柄なので、大河に向くかどうか。
それに去年、同じ土佐の『龍馬伝』をやったばかりなので、かなり分は悪そう。
でも、がらちゃんが大の元親ファンなので、私も一緒に応援します。
受付のお姉さんも結構な歴史マニアっぷりで、盛り上がりました。

そういえば、茨城の鹿島では、「剣聖・塚原卜伝をNHK大河ドラマに!」キャンペーンをやっています。
どこでも誘致に一生懸命ですね。

座談会では、それぞれの土地が発信するイベントアイデアも発表されました。
安土町では、公式キャラクターとして、ロボット風の信長「ロボナガ公」を作成したり、「うつけもの」という商品名の漬物を制作したりしているそうです。
「将来的には、安土城を復元したい」とのこと。ぜひ復元してください!
「うつけもの」も食べてみたい!

一つの場所だけだと、出来ることが限られてしまうため、ゆかりの地同士が協力体制を作る必要があるとのことです。
歴史人物関係のイベントは、日本各地の地方活性化に繋がるし、地元愛も深まるしと、いいことづくしですね。

歴史魂に火がついて、会の終了後も、がらちゃんとご飯を食べながら、長々と話し込み、歴史話に花を咲かせました。
料理の隣にあるのは、この日読んだ『戦国姫君列伝』です。

私も、みんなのように、夢中になるくらい好きな武将を見つけたいなあ。
とりあえずは、那須与一と巴御前でいきます。
・・・どちらも戦国武将じゃないけど(笑)!
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大仏いろいろ
 奈良ブツさんからお手紙着いた 鎌ブツさんたら読まずに食べた〜♪

今回の旅程に入れてありながら、奈良マラソンとぶつかって行けなかった斑鳩の里。
今度じっくり行こうと思いますが、遷都1300年の記念すべき年に行きたかったなという気もします。
鎌倉の大仏様を見て、心を慰めるわ。

日本各地に巨大仏はあれど、歴史的な本物の大仏様といったら、奈良と鎌倉ですね。
長谷(鎌倉)の大仏様の方が、よくよく見なれており、親近感もありますが、やはり大仏といったら東大寺(奈良)には叶いません。

両方の大仏を比較しているサイト「奈良・鎌倉 大仏百科」を見つけました。
誰が作ったものか、かなりきちんと見やすくまとめられてあります。

大きさをデータで比較すると、
・ 奈良の大仏:像高14.98m、重さ約250t
・ 鎌倉の大仏:像高11.3m、重さ約124t

だそうで、3mくらい奈良の方が大きいのですが、重さは倍でした。
鎌倉の兄貴分なんですねえ。
鎌倉の大仏さんが、もともとは民衆の力でできた、はじめは木造のものだったとも知りませんでした。
奈良は世界遺産ですが、鎌倉は文献資料が少なく、世界遺産に認定されていないそうです。
されていようといなかろうと、大仏さまは私達にとって心のランドマーク(笑)!
な〜む〜。

ところで、日本の三大大仏って、ご存知ですか?
私は知りませんでした。大仏って言ったら、奈良と鎌倉!
あとは…牛久?

時代によって、3つ目は変わってきたそうです。
近世(江戸時代)は、豊臣秀吉が作った京都方広寺大仏だったそうです。(倒壊)
近代(明治 - 昭和)は、兵庫県の能福寺にあった兵庫大仏だったそうです。
(金属回収令→再建)
現代(昭和 - 現在)は、富山県の大沸寺にある高岡大仏だそうです。(暫定)
へーえ。でも先の二つには、はるかに差を開けられていますね。
Wikiの「日本の三大大仏」の項目が面白かったです。

人々を極楽に導いてくれる、のんびりした雰囲気さえまとって見える大仏さま。
「奈良の寝倒れ」という言葉は、この辺から来ているのではないでしょうか?
ちなみに奈良の大仏は、座像ですが、立ったら30mの長身になるそうです。
うーん、残念、50mのゴジラに負けている…。

で、その奈良の大仏さんが、よっこらせと立ちあがって、鎌倉の大仏さんのところまで歩いていったら、どのくらいになるかを計算した人がいました。
7時間かかるそうです。
夜通し歩けば、朝には二人(二像?)会えるんですね。
じゃあ、鎌倉の大仏さんが、奈良に遊びに行こうとしたら、それよりは時間がかかるんでしょう。8時間とか、9時間とか。

いずれにせよ、高速です。この前京都から横浜まで、ほぼ半日かけて車で帰りましたが、大仏さまたちは、それよりもはるかにハイスピードということですね。
肩に乗せてもらえばよかった!ハイリハイリフレハイリホー♪


ちなみにこの大きなおじさんと、グリーンジャイアントが、子供の頃はかなりごっちゃになっていました。
夏バージョン、冬バージョンなのかと思ってた(笑)。

そういえば昨日、デイリーポータルに「日本一小さい大仏」が紹介されていました。
高さ 1.8mの鎌ヶ谷大仏だそうです。
うーん、ほんとに小さい大仏様だわ。(なんか変な日本語)

とりあえず、鎌倉の大仏様に会いに行った後は、大仏次郎の『スイッチョねこ』でも読んでみようかと思います。
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なんとなく楽しめるかもしれない戦国鍋お茶会
「『戦国鍋TV』〜なんとなく楽しめるかもしれないお茶会〜」に参加してきました。
『戦国鍋TV〜なんとなく歴史が学べる映像〜』とは、地元TVKで、今年から放映され始めた番組です。
千葉や埼玉でも見られますが、東京では放映されていないようです。

タイトルの通り、ゆる〜い番組で、私もゆる〜く見ています。
いろいろなコーナーがあり、現代版の信玄と謙信の対決「戦国ヤンキー・川中島学園」や、徳川対豊臣の「大阪ハイスクール」など、なかなか切り口が斬新です。

中でも私は「うつけBAR・NOBU」というコーナーが一番のお気に入りです。
なんと、信長がおかまバーのママをやっているんです!
最近では、season2に入り、NOBUママから伊達ママと小十郎子に代わりました。

あとは「戦国ショッピング」ですね。
軍配とか具足とか太閤つけ髭とかを通販式に宣伝しています。
「定価200文のところ、本日のみの番組特別価格、2文!」とか、激安です。
オーダーは、矢文で送るそうです。送り方さえ分かれば、注文するのにー。

お茶会参加にあたり、メールでいくつか質問を受けたので、「好きなコーナーは?」→「うつけBAR・NOBU」、「今後取り上げて欲しい武将は?」→「直江兼継」、「番組への質問」→「伊達ママのメイクについて」と書きました。

お茶会が行われたのはTVK本社。
前はマリンタワーのそばにあったのに、いつの間にか関内に移転していました。
会場で迎えてくれたのは、番組キャラクターの着ぐるみ!
(もしや、その愛の前立ては…)と思ったら、名前は「兼継くん」でした。
兼継が番組に取り上げられないと思ってメールに書いたのに、思いっきり公式キャラだったとは…なんとな〜く番組を見過ぎていて、気づきませんでした!

ガラちゃんとニガちゃんと3人で参加です。多忙なガラちゃんの分の質問にも答えた時、「番組への質問」を「七本槍のダンスについて」と書いたつもりが、「五本槍のダンスについて」と書いていたことに後から気づきました。
(注・「七本槍」は豊臣秀吉方の武将たち、「五本槍」は浅井長政の家臣たち)
あれこれヘマをしていたわ〜。
でもいいんです、番組のコンセプトは「なんとな〜く」ですから!(と言い張る)

お茶会は少人数で開催されるとのことでしたが、実際には結構な数の人たちが集まりました。最年少は10才の女の子。そんな年から武将に興味があるとは。
その子の「戦国鍋の鍋ってどういう意味ですか?」という問いに、プロデューサーが「よせ鍋です」と答えていました。なるほど。私も気になっていました。

MCはキングレコードの女性。ゆるゆると進行します。
その間、着ぐるみ兼継くんは、「立っている方が楽だから」とメモを書いて、愛くるしい笑顔でステージ内を歩き回っていました。

番組内の音楽コーナー「MUSIC TONIGHT」では、7人組の戦国武将ユニット、SHICHIHON槍が「シズガタケの七本槍」を歌っています。
最近、4人組の天正遣欧少年使節の「GO!天正遣欧少年使節」に変わりました。
(むむ、これは歌を覚えて行った方がよさそうね)と、2曲をダウンロードしていきましたが、実際会場でそのPVが流れたら、何人もの参加者が振りつきで歌っていたので、(むむむ、かなわーん!)と思いました。

その後、SHICHIHON槍・平野長泰役の矢崎広さんと、天正遣欧少年使節・中浦ジュリアン役の井深克彦さんが登場しました。
間近で見ると、二人とも、衣装がスパンコールだらけでキラキラまぶしくて、まさに往年のアイドル風です。

参加者が「あれは某事務所のアイドル達を参考にしたんですか?」とプロデューサーに質問し、「ああ、ローラースケートの」と返されていたので、(あっ、光ゲンジの真似!?)とようやく気付きました。(プロデューサー的には違うようでしたが)
帰り際、平野長泰が兼継くんを槍で威嚇しました。刺したら歴史が変わっちゃうー。

別の参加者の「“戦ハーフタイム”で、陣太刀の向きが逆になっているので、直してもらわないと、と思いました」との発言に、(わー、専門的)とみんなざわざわ。
わかる人にはわかるんですね。なんとな〜く観ているレベルの私は、そのコーナーでは、謎のマネージャー・南ちゃんのことばかり気になって、ポコッと後ろが膨らんだおかっぱにばかり注目していましたが。

最後に、番組グッズの抽選会があり、ニガちゃんが見事手ぬぐいをゲットしました。
兼継くんと、記念写真を撮って、会場を後にしました。
兼継くんは超プリティー。キューピーさんのように瞳が輝いていました。

観始めた頃は、てっきり1クールものかと思っていましたが、まだまだ続いていきそうな、息が長そうな番組。
戦国武将たちの生き様を現代に置き換えたら、こんな感じだよ〜というゆるさを楽しめる人には、お勧めです。
毎回、知らない武将や出来事をいろいろと紹介してもらえるので、確かになんとなく歴史が学べているようです。
私も、「GO!天正遣欧少年使節」の、バリバリアイドルな振り付けを覚えようかな…4人で踊れば完璧なんですけど!
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Curiosity:シウマイ娘と沖田さん
次に、沖田総司の話です。
先日、私の大ボスのボスが、沖田総司のお姉さんの子孫だと日記に書きました。
御年80歳。伝説の美青年とされた新選組一番組長の血縁関係の人となると、やはりどんなお顔か気になります。
仕事の延長上にいる方で、職場内でも顔を知っている人は何人かおり、「彫が深い」「ごつい感じ」「おしゃれ」などの感想を聞いては、(伝説と違う〜)とますます気になっていました。
そこで仕事関連のつてを頼って、とうとう沖田氏の写真を見ることができました。

10数年前の淡いセピア写真で、ゆうに還暦を過ぎた頃のものです。髪を丁寧に撫でつけ、仕立てのいいスーツを着た、雰囲気のある人でした。
目鼻立ちはクッキリと整っており、二重まぶたで意志の強そうな目に、福耳でメガネをかけています。
真っ白のスーツを着こなして、颯爽と歩いていたという証言も、うなずけます。
暴漢に襲われたら、ボクシングなどですぐに応戦できそうな強さも見えます。
きっと、若かりし頃はもてたんだろうなと思いました。

健康に気を使って、体を鍛えていそうな写真の沖田氏は、病弱で線が細い沖田総司のイメージとは全く重なりませんが、そもそもそんなにひ弱なら、腕が立つ剣士にはなれっこありませんよね。
実際の総司も、そんなにひよひよはしていなかったのではないでしょうか。

Curiosity kills the cat. (好奇心猫を殺す)」とはよく言ったものです。
伝説は、美しい伝説のままにしておくべきもので、崎陽軒のシウマイ娘の顔は覗きこんではいけないものだと、よーくわかっているのですが、それでもよくよく、好奇心をもてあましてネコ化する私。
でも、写真を見ての失望や落胆はなく、私の中のネコちゃんはどうやら死なずにすみました。

一枚の写真が、伝説と現実をかすかにつないでくれたことに、感動しました。
皆さんも、手紙と写真は、後世のために残しておきましょうね…(教訓?)。
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土方歳三のお墓参り
エイプリルフールネタを挟んでしまいましたが、多摩動物園の後に、隣駅の高幡不動尊へ行きました。
ここは、土方歳三の菩提寺です。
mibuさんは、新撰組ファンなのに、私が話すまでちっともそのことに気付きませんでした。
mibu「彼はここにいた頃は新選組じゃなかったし」
えー。
ここ、高幡山金剛寺は、関東三大不動尊の一つで、本尊が不動明王です。東京都最古の不動堂の中に入ったら、お坊さんが祈祷中で、導かれるままに堂の奥へと入り、手に香油らしきものを塗られ、真下から大きな不動像を拝みました。背後では、お坊さんたちが密教のお経を挙げていました。
わけがわからないまま祈祷を受けて、あとで二人で「なんのお参りだったんだろう?」と首をひねりました。
それから土方歳三のお墓参りをすることにしました。
途中で、「Auto 土方」という看板を見つけて、二人で笑いました。
「やっぱり場所柄、新撰組あやかり系の名前にしてるのかな?」
「これで実際はヤマダさんとかワタナベさんだったら、ちょっとがっかりだねー」
と言っていた私たちは、後にして思えば完全なるよそ者だったんです。

道すがら、「土方さんって、この辺出身の人なんでしょう?土方さんって人に、今まで会ったことないけど。都内の人なら会っても良さそうなのにね」と話しました。
すると、突然黙りこんだかと思ったら、目の前の表札を指さして、「・・・これ!」と声を絞り出したmibuさん。
「土方」さんでした!
「えーっ! なんて偶然!」と、二人で驚いていたら、その次も、その次も、家たる家のほとんどが「土方」さん!
私たちの目が、願望でゆがんでしまったの?ここは土方ワンダーランド?
もうビックリしちゃいました。

キャッキャッと驚きながら、お墓のある石田寺に辿りつきました。
ここでもまた、驚愕の事実は続きます。
「さてと、土方さんのお墓はどこかな?」と探そうとしたら、ここでもお寺にある墓地のほとんどが、土方さんでした!
辺りの家が土方さんだらけですから、お墓も土方さんだらけということですよね。
どの墓石を見ても、土方家と刻まれている光景には、本当にびっくり。

「これじゃあ、歳三のお墓がどれなのか、わからないね・・・」
途方に暮れて、土方墓地をさまよっていたら、「土方歳三の墓」と看板のついたお墓がありました。
よかった、見つけられましたー。

もう夕暮れ時で、墓地には私たちしかいませんでしたが、「お線香は数本ずつでお願いします。大量に使われると、お線香の煙で周りのお墓に迷惑がかかります」という表示があり、墓地中にもうもうと立ち込める煙を想像して、土方さんの人気のほどを改めて感じました。

クールで史実重視のmibuさんは「彼が死んだのは函館だから」とお墓参りをしませんでしたが、ここは彼のルーツとなる場所ですからね。親族が建てて、今まで多くの人に大切にされてきたお墓なので、私はお参りしました。

帰り道、犬を散歩させている少女や、スケボーに乗っている青年を見ては、「あの人も土方さんかな?」「“ひじかたさーん!”って呼んだら、その辺の人みんな振り向いたりしてね」「さっきのAuto土方も、ほんとに土方さんなんだろうね」と言いながら、二人でテンション高めに駅へ戻りました。

なんだかとっても新撰組が身近になった気がします。
もともと、幕末はあまり詳しくなかったし、京都旅行中は芹沢鴨の狼藉をあちこちで聞くことが多くて、(所詮はホワイトテロ、幕府の命のもとの殺戮集団じゃない)と思っていましたが、去年はドラマ『ZIN』にはまったし、今年は大河『龍馬伝』と『新撰組 Peace Maker』を観て、(正義は一つではないっていうことね)と、いろいろな側面がわかるようになり、ようやくmibuさんとそのあたりの会話ができるようになりました。
ちなみにmibuさんは、当然ながら『壬生義士伝』や『燃えよ剣』などの基本を押さえており、新選組では『るろうに剣心』から斉藤一が好きだそうです。

私の周りのほかの新選組ファン、midiさんはコミックス 『あさぎ色の伝説』 から、quokkaさんは大河『新選組!』から入ったそうで、やっぱりきっかけとなる作品がそれぞれあるんですね。

『新撰組 Peace Maker』は、その中でもちょっとマイナーなのか、歴史博士のイルカさんに「新撰組 Peace Makerを観てます〜」と言ったら、「へ?ペースメーカーですか?」と言われてしまいました。
老人ですかい!(プリプリ)
『Peace Maker』の役者は、D-BOYSやリアンのメンバーがメインで、みんなキラキラしていました。その中にさりげなく、お笑いの前田健(あややの真似をする人)が出ていました。あと近藤勇役がココリコ遠藤だったのが、新鮮でした。

思えば、高校生の頃から、「沖田様〜」と言っている友達がいたものです。
かなり遅くなってしまいましたが、今なら彼女の話がわかります。
mibuさんに、「沖田総司って、誰よりも早死にしたイメージがあるけれど、実際には近藤勇の方が先に死んでるんですよ」と教えられて、驚きました。
そうなんですかー!
「近藤勇って、みんな知れば知るほどファンが減るんですよねー」
そうなんですかー・・・。

参道の「開運そば」屋で、おそばを食べました。向かいのお店のシャッターが、隊長と副長の絵でした。

うーん、特に土方ファンではないけれど、こう並ぶと、やっぱり私も副長がいいなあ・・・(笑)。

四十七士の一人と名字が同じ私。
いつか、土方さんという人とお知り合いになりたいでーす。

<追記> 沖田総司のお姉さんの子孫が、私のボスを今の職場に呼んだ人、つまりボスのボスだとわかりました。
知っているという人に聞いたら、「彫が深くてゴツい人」だそうで、沖田総司のイメージとは全然違う感じ。お会いしてみたいわ〜。
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おけわんこだわん
またまた歴史ゆるキャラが登場しました。
その名も「おけわんこ」!
ちゃんちきおけさとわんこそばのミックスもののようですが、桶狭間の戦いから450年目記念キャラだそうです。

趣味は史跡巡り(お散歩)と武将コスプレとのこと。ん、コスプレ?
“織田信長、今川義元の「桶狭間の戦い」の話に憧れ、両武将のコスプレをするようになりました”
という、おもしろい自己紹介をしています。
コスプレ犬とは、面妖、いえいえ、斬新な。
織田の『お』バージョンと今川の『い』バージョンの二種類の甲冑があるそうです。
信長と義元、どちらにも中立の立場を取るという、気配り犬ですね。
「桶狭間のいやし番犬」という肩書きつき。
ひこにゃんの強力なライバル、出現の予感です。後光がまぶしいわん。
でもTwitterのフォローは、私でまだ22人目。アピールがんばってわん!

私は、微熱が抜けず、今週末もまた寝て過ごしました。
仕事が詰めの時で、平日無理をしているので、なかなかスッキリ治りません。
頭が動かないと、ものを考えられなくなりますね。
文章もまとめられなくて、いつもより短めです。
オチがないのが、フにオチない・・・。
でもほぼ2日間眠り続けたので、お肌の調子はよくなりましたわん(^^)
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「龍馬カフェ」
休日、midiさんと、龍馬カフェへ行きました。
私は去年、歴女デビュー(?)をして、(周りにそういう仲間はいないわ)と思っていましたが、ブームよりもずっと前から歴史好きという女の人なら数名いて、midiさんもその一人です。(そういう歴史ファンは、レキジョではないのかしらね?)

リゾート系が好きな彼女なので、タヒチ料理のお店も考えたのですが、「やっぱりここにしよっか」と、龍馬カフェにしました。
midiさんは、大河『新選組!』とマンガで、新撰組ファンになり、敵にあたる龍馬も、好きなんだそうです。
「『新選組!』で近藤勇をやった香取慎吾が、今タントCMで龍馬やってるの、どう思う?」と意地悪な質問をしたら、「そもそも慎吾ちゃんが近藤勇をやったこと自体、しっくりきていないのよー」とのことでした。土方歳三役の山本耕史の方は、大絶賛していました。
キャスティングにギャップを感じ続けているなんて、midiさん、なかなかディープなファンと見ましたよ!

場所は、新宿サザンテラスの TRAVEL CAFEです。確か去年は、しばらく「天地人<愛>カフェ」でしたが、気になっているうちに期間終了してしまいました。
今年も大河にちなんだ龍馬カフェとなっているのですが、正確には「龍馬<愛>カフェ」というので、(去年の兼継の兜を残しているのかな?)と思いました。

中はどんなに濃い世界なんだろうと、入る時にドキドキしましたが、ガラス張りの店内は採光が良くて明るく、コンセプトカフェにありがちな、独特の怪しい雰囲気はありませんでした。
龍馬ブレンドコーヒー、龍馬ビール、龍馬ご当地カレーなど、龍馬と名のつく限定メニューがいろいろあり、(土佐ってカレーが有名だっけ?)と考えている横で、midiさんが「私、ロコモコにするー」と言ったので、あんまりカレーな気分じゃなかった私は、「じゃあトマトとモッツァレラチーズのパスタ〜」と、全然龍馬と関係ないランチを選びました(笑)!
店員さんが龍馬の格好で、「ほれ、飯だぜよ!」とか言いながらサーブしてくれたり、剣舞のようなパフォーマンスも見せてもらえるのかと思いましたが、お店にいたのはアメリカンな感じのライトなお兄さんたちでした。うーん、満足にはあと一歩足りず、ちょっと残念ー。
「幕末カフェ」とかあったら流行りそうですけれどね。新撰組リアンだってデビューしたわけだし。

店内には、龍馬関係のパンフがいろいろとあり、ファンの情報収集に役立ちそうでした。「龍馬の短銃」なるものも陳列されていました。
えっ、龍馬ってピストルを使っていたの?剣一本で戦ってきた人かと思ったのにー。

さんさんと差し込む午後の日光を浴びながらランチをとっているうちに、幕末史のこともいつしか忘れ、2時間ほど、楽しくおしゃべりしました。
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